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あとがき

あとがき

本書の内容の大半は、ハウツウ書ではない。そもそもハウツウ書が(すべてではないが)役立ったためしはない。多くの人々はトランキライザーの代わりにその種の本を読む。私の知人に、戦後出たほとんどすべてのハウツウ書を読んだという人がいるが、だからといって現在、どうということはない。失礼。


本書は百科事典の中の1項目を独立させたもの、といっても差し支えない。しかし旧版出版後、読者の方々からの反響を分析したところ、情報以外に、生き方の「あり様」がわかった、という読者も多かった。たとえば目標設定の重要なことや、人生の短さなどに気づき、また自分にも無数の未開発な脳があることを知って、道が開けたように思った、などである。


私が手づくりの速聴テープから、今日に至るまで「速聴」にこだわり続けたのは、その威力のすさまじさからだった。実際、さまざまな脳力が「速聴」で開花するのである。このこだわりは、ついにギネスブックに公式認定されるまでに至ったことは、すでに述べた。


ところで本書では速読を引き合いに出したが、これは、よく受ける誤解を回避するためである。速読法は事実、素晴らしい。しかし非常に単調な努力が必要で、また効率が悪い。100人受講しても、マスターするまで出席、あるいはテキストを最後まで学び終える人々は2パーセントにも満たない。


それに比べると「速聴」は、ただ聴くだけと実に簡単明瞭である。そして効果は絶大である。本書の旧版を出した当時は、それでも「努力」とまではいかないが、少なくとも一生懸命に聴く必要があった。
しかし、ある1人の有能な技術者のおかげで、もう一生懸命も必要でなく、ただリラックスして、受動的注意集中しながら聴くだけでよくなった。とにかくいきなり3.5倍速から理解できる(年齢によってプラスマイナス0.3程度のブレがあるが)のである。


ことに小学校から大学生に至るまでの年齢層には、おそらく、これ以上の優れた脳力開発技法はない、といってよい。大人になると青少年より最大25パーセント(平均22パーセント)ほど「速聴力」は落ちるが、それでも「速聴」を行っているうちに速読力も確実についてくる。


大脳の「ウェルニッケ中枢」にある「追唱」機能に着目したのも、ヒラメキのなせるわざである。もっとも正確には言語処理領域として「ブローカ中枢」というエリアもある。ここでも「追唱」が行われている、という説もある。またその周辺領域も力を貸しているという事実もある。しかし本書では、煩雑さを避けるために「ウェルニッケ中枢」1本に絞った。


「追唱』の速度と「頭のキレ」は正比例する。であるならば、「追唱」をする「ウェルニッケ中枢」に「速聴」という唯一の“刺激剤”を送り込んで、その領域を活性化し、また何度も「速聴」を繰り返して、「ウェルニッケ中枢」内の脳神経細胞間のネットワークを密にしてやればよいのだ。
そのうえ、ある段階(人によってさまざまだが、確実に訪れる)に達すると、「追唱」しなくとも意味がとれるようになる。速読法は初めから「追唱」しないように訓練するが、人間の言語処理機能は生まれたときから「追唱」型なのである。それを大人になって変えてしまおうというのだから、大変な努力と根気が必要となる。


とはいえ、やってみる価値はある。その結果、あなたも、もしかしたら1分間に1万語も読める速読適性を持った脳の持ち主であることがわかるかもしれない。このような天才的速読適性がなくとも、あるレベルまで多くの人は速読できるようにはなる。が、それよりも何の努力もいらない「速聴」で速読力まで得られるのなら、「速聴」のほうがベストであることはいうまでもない。


なお、この「速聴」に関心のある方は、本書はさみ込みの葉書をお送りいただければ詳細な資料をお送りする。「得られる力」に比べれば、価格は微々たるものと断言できる。それに頭から「そんなうまい方法があるものか」と、信じようとしない人々も多数いる。また「速聴」でさまざまな国家試験に合格した人々の中には、「速聴」で合格したことを知られたくないという人々も多い。


東京に、東京リーガルマインド(レック)という、司法試験などの講座やセミナーを開き、またそのCD・テープを販売している企業がある。
少し前の話だが、そのテープを四倍速の速聴テープレコーダ(試作機ではあったが)で聴いたAさんは、2年目で司法試験に合格してしまった。私もレックから教材を取り寄せて聴いてみたが、講義を録音したものなので、音質が「速聴」向きではない。旧式の4GXでは2.8倍速がよいところだろうか。最新型は3倍速でも聴き取れた。また講義ではなく、スタジオで録音したテープは3.5倍速で初めから聴けた。


上と下からプレッシャーがかかる、ある大手企業の中間管理職は、「速聴」によりたった3カ月で次々とアイディアを出してそれが大当たり。1年後には、取締役(末席だというが)になってしまった。
私事で恐縮だが、私は小学校から高校まで、下から2番目の成績だったことは恩師、友人たちのよく知るところである。そしてエスカレータで大学に入った。そして公務員、次にサラリーマン。いずれもペケ社員であったことも、それらの組織の知人や上司がいちばんよく知っている。


その私がここまで来られたのも、目標必達プログラムである「SSPS—V2システム」や「ナポレオン・ヒル・プログラム」、部下を持つ人のための「ブライアン・トレーシー・プログラム」、「ジグ・ジグラー・プログラム」、そしてこのSLBSプログラムのおかげである。著者としては、世界中にこの技法が広まることを願っている。


ところで、「本書はよいことずくめではないか」と言われる方もいる。私もマイナス面をさまざま考えたが、どうも出てこない。副作用はまったくないし、「速聴」したからといって、しゃべり方がおかしくなるなどということもない。難聴の人でも補聴器で聴き取りさえすれば問題はまったくない。
マイナス面では次のようなことがあった。


目の見えない人が、キリスト教団体から旧約・新約聖書全巻のカセットテープを借り受けて、驚くべき速さで全巻を聴き終えたという実例がある。目が見えない、というハンディは耳が鋭敏になるという補償作用が働くので、「速聴」はとても適しているといえるだろう。で、そのどこがマイナスなのかといえば、初期のころの速聴機は自動停止しないので、勢いあまって最後のところでテープが切れてしまったのが3巻ほどあり、修理代を取られたという点にある。
これ以上はどうもあまりよい例が浮かんでこない。ハードウェア本体は4倍速ゆえ、当然ノーマル・スピードより消耗は激しい。


ついでにいえば、私自身は本書の旧版を出したときに、少し落ち込んだことがある。というのは、本に「私はバカだった。ペケだった」などと書いたことで、プライドが傷ついたことだ。
私はマゾヒストではない(サディストでももちろんない)。「バカだった。ペケだった」というのは本当のことだから、そう書くべきなのは当然と思い書いたまでだが、もっと他の切り口はなかったものか、と後悔している。


もっとも、これに関してある読者の方が、「著者はもともと潜在脳力があったからこそ、今の著者があるのだ」という論評で、なぐさめてくれたことである。ちょっと読んだだけでは正しい見解のように見えるが、これは正しくない。
なぜなら、潜在脳力は誰でも平等に持っているからである。潜在脳力を持たない人間など誰1人としていない。そもそも、この「速聴」はその潜在脳力を開発するためのものである。誤解もまた、「速聴」の普及の妨げの1つになっているようだ。

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