〈第2章〉聴覚刺激が脳力を向上させる
1. 脳力を向上させるには速聴®だけで十分
眼の筋肉運動には速読はよい方法
ごく一般的な日本人が一分間で読むことのできる文字数は、おおよそ六〇〇字前後といわれている。そして、たとえ速読法をマスターしていなくても、この数字を上昇させることは可能だ。速く読む習慣を身につけさえすればよい。ただし、内容の理解度は低下するという前提つきではあるが……。
もっとも、 “慣れ” というものもある。たとえば、ビジネスパースンなら営業報告書、技術者なら自分の専門分野に関する技術論文といったように、日常読み慣れている文章であれば、理解度の低下を来さずに、かなりのスピードアップが図れる。このことは、すでに述べた「学習済みの音声では、いきなり四倍速で聴いても理解できる」ことと同じ理屈である。
ところで、日ごろ読み慣れている文章に関してだが、これにも限度があり、せいぜい一分間に一五〇〇字の速読が可能となる程度だ。この数値はほぼ正確である。
では、速読のトレーニングをするとどうなるのだろうか。
人間の脳というものは実に偉大なもので、速読の訓練をすると大脳はそれに応じて、通常の三倍程度まで速や読みができるようになる。つまり、一分間に一八〇〇字程度までは読解力が向上するわけである。これは、脳が新しく与えられた環境に順応したからにほかならない。言葉を換えれば、速読力という名の潜在脳力が開発されたわけだ。
ところがそれ以上の速読となると、大脳内の処理の方法が変わって「パターン認識」という処理がなされる。写真と同じことで、脳内に文字を写し込むのである。このパターン認識では、文章の内容を「理解」するわけではない(93ページの囲み参照)。
それはともかく、速読をマスターすれば、誰でも時間を三倍に活用できる理屈だ。この効果は、なかなかのものと考えてよいだろう。
とはいえ、この速読法にも問題がないわけではない。最大のネックは、マスターするまでのプロセスがかなり単調で、そこに面白味がほとんど感じられないという点である。よほどの動機づけがなければ、まず最後まで持続しない、と言い切っても間違いではない。
私はこれまで市場に出た五種類ほどの速読トレーニング・キットを購入して、さまざまな人(二〇人ほど)に使わせてみた(完全にマスターできたら最高五〇万円あげるというアメを使った)が、五〇万円の魅力より速読練習のつらさのほうが勝ってしまった。
ただ眼の筋肉運動には非常によい方法だ。眼球運動をすると、一つの文章から次の文章に目を移すとき、早く移すことができる。一つのセンテンスを目で読んでいる場合、眼球は動かない。これを停留という。眼球運動を速くすれば、停留から次の停留までの速度が速くなる。つまり、それだけ速く読める、というわけだ。
しかし、速読法は、年齢が上昇するのに反比例して、上達度のほうは急速に低下していく。
たとえば、あなたに小学生の子どもがいるとして、その子と速読法の競争をしてみれば、私の言ったことは一目瞭然である。あなたの子どもは、遅々として向上しないあなたを尻目に、スイスイと上達していくだろう。それを見てあなたは、イライラをつのらせるばかりに違いない。そして、このイライラがまた、速読法にとっては大敵なのだ。
同時に、スイスイ上達した子どもが、大人になるまで速読力を持ち続け得るかというと、そうでもない。大昔の話だが、私の姪が小学五年のときに、ある速読法を私から強制的に学ばせられてヒーヒー言っていたが、その上達率には驚くべきものがあった。実に一分間に約二八〇〇字も読めるようになったのである。
しかし、中学二年になったとき、その面影はなかった。中学二年というと、まだ速読の適性年齢である。本人に言わせると、どうもパターン認識のコツを忘れてしまったらしい。しかし、目玉は未だにキョロキョロしていて、というのは冗談だが、どうもパターン認識の度合いが弱いようだ。



