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〈第2章〉聴覚刺激が脳力を向上させる

2. 速聴®に“苦痛を感じる” 努力は不要

耳は脳と直結した情報収集器官だ

耳の穴(外耳道)は音が入るだけのものか、というクイズが出たら、×のボタンを押すべきである。耳の穴は音を入れるだけでなく、出してもいるのだ。これを耳音響放射と呼ぶ。
まぁ、そんなことはどうでもよいのだが、同じ内容の繰り返しで、あなたもそろそろ退屈しているのではと思い、付け加えた次第である。


さて、いくらサイコフィードバック・システムやシータ・ラーニング・システムを駆使しても、肉体の老化だけは(老化を促す遺伝子を取り去る以外)防ぎようがない。
目は、脳と直結した重要な器官だ。さらにいえば、外部に露出した脳以外の何ものでもない。私たちは、この目から間断なく脳に情報を送り続けているわけで、もし失明などという状態になったとしたら、脳に送られる情報量は激減してしまうことになる。もっともその代わりに、他の感覚が鋭敏になってこの不利を補うように、人間の体は実にうまくできている。


ヘレン・ケラーは、視覚と聴覚にハンディがあったが、その代わりに代償作用が働き、「触覚」が常人以上に発達した。彼女は演奏中のピアノのどこかに手を触れると、ピアノの曲が「聴こえる」という。日本に来たときも、琴の端に手を添えて「聴いて」いた。
とはいえ、一般人には単に響きが振動として手に伝わるだけだ、としか理解できない。報道するマスコミもそんな調子だった。
しかし、ヘレン・ケラーの触覚脳力は、そんな中途半端なものではなかった。実際に彼女の脳の中では、その微妙な響きを「音」としてとらえることができるのである。おそらく触覚神経細胞が、代償努力によって、大脳の音を認識する領域の神経細胞と直結したのであろう。


喜劇役者のエノケンが脚を手術で切断した後、もう脚は存在しないにもかかわらず、脚や足指を痛がった、という話が残っている。これは、脚の痛みを認識する大脳の領域が、切断部分(すでに皮膚で覆われているが)の一カ所が刺激されたことに反応したためである。
切断面には脚全体に分布していた神経繊維の束が残っている。だから、その束のうち、親指を司っていた神経が刺激されると、その刺激は大脳の「親指の痛み」を感じる部分に達し、親指が痛い、と感じるのである。
しかし、時間がたつと、この幻痛も消える場合がある。最近の研究では、大脳の担当領域が、別の体の部分を担当するようになることが確認されている。そうすれば、もう幻痛は生じようもない、ということになる。


ヘレン・ケラーの話に戻ると、それほど、人間の脳というのは驚異的なことを実現させてしまうのだが、私自身、ヘレン・ケラーの触覚脳力については、これ以上書けない。その「音」が私たちのいう「音」とまったく同じなのかどうかは謎だ。体験したことがないのだから、どうしようもない。


ただ一つ、面白い事実がある。超危険物質として厳重に管理されているLSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)という化学物質がある。一時サイケデリックという言葉をはやらせた麻薬である。このLSDを飲んだ人々の多くが次のような証言をしている。


「色彩を見ると色彩が音として聴こえる」
「音を聴くとさまざまな色として見える」
「他人が何かしゃべると、それが香りとなって鼻で感じる」
「体を動かすと、手足が一〇メートル以上伸びる」


これらは、LSDによって脳内のホルモン・バランスに狂いが生じた結果である。
また、正常な人でも似たような経験を持つ人がまれにはいる。とはいえ、これはサイケデリカルなことではない。たとえば体の中の痛みというのは、当然、神経を伝わって本来は脳の痛覚を司る領域に至る。
ところが体内の痛覚神経は、しばしばショートするらしい。最もよく報告される例は、「心筋梗塞」の激烈な痛みである。神戸から近江まで高速道路ができると「神近高速」とでも名づけられるに違いないと、以前はよく友人に駄ジャレを言ったものだが、こちらのほうは、事故でも起きないかぎりサイフが痛むだけだ。


一方、心筋梗塞の場合、この痛みが、どうかすると脳の別の領域、たとえば歯の痛みを感ずる脳領域に迷い込むことがある。そうすると本来は心臓が痛いのに、右奥歯の激痛として感じたり、目に釘が刺さったような激痛を感じたりする。このように体の神経回路は、よく間違えることがあるのだ。


これらの事例を考え合わせると、ヘレン・ケラーは、自らの努力と体自身が持っている代償作用のために、振動を「何らかの音」と感じたとしても、少しもおかしくない。
そもそもヘレン・ケラーの脳は誰でも等しく持っている音声を感じ取る部分(聴覚野)を持っているのだ。その部分が存在するかぎり、振動がそこに電気信号として到達して、音として当人に聴こえるというのは、理にかなったことである。
ただこれは、相当の努力を必要とする。生まれつき耳が聴こえない人でも大脳の聴覚野は持っている(当たり前のことだ)が、そこの中枢には、これまでいかなる信号も伝わってきたことがない。


しかし、たとえばこの領域に、当人の努力により触覚から伸びてきた脳神経細胞が接触するようになると、振動の強さ、幅などの変化が「音」として聴こえるようになる。ヘレン・ケラーは「聴こえる」と自ら語っているのだから事実なのだろう。
ただすでに述べたように、私たちのいう「音」とまったく同一のものかどうかはわからない。脳神経細胞の腕(軸索や樹状突起)が学習によって伸びることは、すでに学界でも定説になっている。これを脳神経細胞の可塑性と呼ぶ。「塑性」、つまり「変形」が「可」であること、可能であるということだ。


ここでは脳神経細胞から出る軸索等が、学習によって他の脳神経細胞に伸びてつながることをいう。英語でいうプラスチックは、可塑性物質という意味だ。
いずれにせよ、耳から入った音も鼓膜の振動を聴覚神経が受けて「ウェルニッケ中枢」に達し、さらに音声を司る聴覚野も動員されて、初めて音として認識されるのである。決して鼓膜が音を聴き取るわけではない。鼓膜は空気振動を受け取るにすぎない。


したがって、機序(システム)は、ヘレン・ケラーの場合と少しも変わりはないのだ。ただ、ヘレン・ケラーは常人よりもその脳力が非常に高かったため、指そのものが鼓膜の代わりとなったわけである。
なお、これに関し、彼女は「骨伝導」で音を聴いたのだ、というご指摘を受けたが、骨伝導で音の増幅器である蝸牛が振動し、聴こえるようになるのは、頭蓋骨あたりまでとされており、指先からの骨伝導は、骨の振動が途中で減衰してしまうため不可能である。


ナポレオン・ヒル・プログラムの開発者として世界的に有名な、成功哲学の第一人者、ナポレオン・ヒル博士の次男は、生まれつき耳がなかった。しかし聴覚機能は備わっていたので、ヒル博士は「何らかの方法で聴こえるはずだ」と考え、蓄音器を買い与えた。奥さんはその子の気持ちを考え激怒したという。しかし奇跡が起こった。次男は蓄音機の縁を歯でかんで音楽を聴くすべをすぐ発見したのである。