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〈第2章〉聴覚刺激が脳力を向上させる

2. 速聴®に“苦痛を感じる” 努力は不要

縞栗鼠が“しゃべった”

私が中学生のころ、ソニー製のテープレコーダを両親に買ってもらったことがあった。まだ、学校の視聴覚教育用程度にしか普及していなかったころのことだ。もちろんオープンリールで、大きさ、重量ともに大変なものである。もっとも私が中学生だったという点を考慮すべきかもしれない。大きさはアタッシュ・ケース大であった。


今では、もうどのような内容のものを録音したのか、ほとんど覚えていない。南雲堂発行の『ハバナの男』のサウンド・トラックを何度も聴いたことは覚えている。確か、アレック・ギネスが出演していた。その中に「サブロウネスォフ・チーズ」という表現があり、半年ほどナゾ解きをしてやっとわかった、という記憶がある。
これは「ザ・ブルーネス・オヴ・チーズ」という意味で、「チーズの青味」であるということをやっと知ったときは、もっと日本人の英語のようにしゃべってほしいものだ、と本気で思ったものだ。


ともあれ、テープ独得の匂いと、それを早送りする際に、何かの加減で再生ヘッドにテープが触れて、キュルキュルと縞栗鼠のような音を立てるのを面白がって聴き入ったことはよく覚えている。
テープを普通より速いスピードで再生ヘッドを通過させると、そのテープに録音された音声は、全体に周波数が高くなり、何を言っているのか聴き取れなくなってしまう。


オープンリールのころから時は進み、一時代を築いたカセットテープも過去のものになった。 “カセット” という言葉は、“宝石箱” を意味するフランス語だが、なかなかシャレた名前をつけたものだ。このカセットテープを、今のような汎用的な規格で最初につくったのは、オランダが誇る世界的大企業、フィリップスである。


フィリップスは、自社の新製品を世界に普及させるという企業戦略をもとに、日本などの企業に対して、無償でその特許を公開した。この戦略はみごとに当たり、日本の企業は競ってフィリップス規格のカセットテープをつくり、あっという間に世界を席巻してしまったわけである。
ただ、特許を無償で公開するにあたり、フィリップスではいくつかの条件をつけた。そのうちの一つは次のようなものであった。


「テープのスピードは、一秒間に四・八センチでなければならない」
日本の企業では、この条件を忠実に守り、特許期間を過ぎた現在でも、ほとんどのメーカーでは「一秒間に四・八センチ」のスピードの製品をつくり続けている。
現行のように一秒間四・八センチで録音されたカセットテープを、その二倍以上のスピードで再生したとすると、それはまさに縞栗鼠のおしゃべりのようで、何を言っているのか理解するのはとうてい不可能だ。しかし、もしそれが可能になったとしたら、大変に素晴らしいことである。私たちが研究しているスーパーリスニングは、そこからスタートした。


一九八三年のことだが、当社に、かねて注文してあった一台のカセットテープ・レコーダが届けられた。一見すると、どこといって変哲のないテープ・レコーダのようだが、これにはアメリカで開発された特殊なアナログ回路が加えられていた。
その回路とは、カセットテープの再生速度を二倍に上げても、言葉が聴き取れるようなシステムのことだ。つまり、この新しい回路のおかげで、縞栗鼠の話し声が理解できるようになったのである。もっとも音質は最悪であった。
この機器を用いれば、一時間の話は三〇分で聴き取りができるから、残りの三〇分が節約できるわけだ。そればかりではない。速く聴き取ることによって、大脳の働きは活発になる。


もっとも、これは主として語学学習向けに開発されたものである。ほぼ同時期に、アメリカの陸軍が「速聴」に脳力開発の効果があるのを発見し、研究を始めたが、大きさと音質の点を改善できなかったようだ。


まず、大脳の中の「ウェルニッケ中枢」では、ものすごいスピードで聴覚神経から飛び込んでくる言葉を何とかして処理しようと夢中になる。これには長期・短期の各記憶も総動員される。必然的に注意力や集中力は高まらざるを得ない。
夢中になるうちに、頭の回転はますます冴えて、よくなってくる。このように、一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる、と考えた人間がアメリカにいた。彼はすでに述べたように、特殊な回路をつくってカセットテープ・レコーダに組み込んだのである。


その結果、縞栗鼠の話し声が理解できるようになった。このことは、私たちにとって大変重要な意味を持っていた。どのように重要なのかは、あとでより具体的に説明してみよう。
こうして、日本にアナログ式の速聴レコーダがもたらされた。これまで速聴テープを手づくりしていた私たちは、これをやはり脳力開発に絞って、多くの人に試してみた。
その結果、多くの人が頭の回転を速めることに成功した。なかには失敗した人(一割)もいる。テープの速さを二倍にすると、もうさっぱり何を言っているのかわからない。そして、この「わからない」が四〜五日続いただけで、「速聴」をやめてしまう人がいる。失敗とは、「物事を途中で放棄してしまうことである」と先に引用したナポレオン・ヒル博士は言っている。


私が失敗した人というのは、そういう人のことを指しているわけだが、何であれ最初は抵抗があるものだ。抵抗なくして脳力を向上させよう、などということは所詮無理な注文である。だが、当初私には、彼らがなぜわずか四〜五回のトレーニングで脳力開発をあきらめてしまったのか、理解できなかった。
そこで、やめた本人に追跡調査をしてみた。「あなたはなぜ途中でやめてしまったのですか」というアンケートを送ったのだ。そうしたところ、私の期待どおり? の答えが返ってきた。「あんなもの、いくら速く聴いても頭の回転が速くなるなんて考えられない」というのがその回答であった。つまり半信半疑で「速聴」していたのだ。


頭の回転を速くするには、頭が固くてはダメなのだ。エンジンならオイルを注すこともできるが、大脳にとって、それに匹敵するのは、決意と楽観性と好奇心である。よく大成した経営者がいう言葉だが、「素直さがなければ何事もうまくいかない」ということは、本当のことだ、と私はそのとき初めて思い知った。
と同時に、七〇〜八〇代の人々の中で本当に頭の固い人は、このような新しい技法を勧めてもまったく無駄なことがわかった。彼らはそれまでに経験した以外のことは、いっさい受け入れようとしないのだ。


さらに悪いことには、自分の頭が固くなっていることを認めようともしない。もっとも認めるくらいなら、頭はやわらかいともいえる。大脳がプラスチックではなくなったら、それは金属と同じ、つまりロボットと同じということになる。ロボットは組み込まれたプログラム回路以外のことは何もできないし、当然のことだが、それ以外、何もしようとしない。むろん七〇代、八〇代で頭のやわらかい人もいる。脳力の開発に年齢制限はまったくないのだ。