〈第3章〉速聴®によって無限に拡大される「時間」
1.タイム・マネジメントは速聴®によって磨かれる
脳を活性化すれば、タイム・マネジメント脳力も高まる
人間にとって有用なこと……
A・ただ漫然と時を過ごす→B・(という)目的を持って時を過ごす。
この公式を見ていただきたい。
小津監督と野田氏に即していうと、二人が、ただ漫然と時を過ごすことについて、しっかりとした目的意識を持っていたことは明白である。たとえその段階で、一カ月、二カ月と時間を消費したとしても、漫然と時を過ごすことがもたらしてくれた効果は、大変に大きなものだったのだ。そのことは、『麦秋』『東京物語』等の作品がちゃんと証明してくれている。
「時間」とは、効率だけをがむしゃらに追求しても、生かして使えないようなケースがしばしば起こるものだ。つまり、小手先で管理しようとしても、それに従順に従ってくれるほど「時間」は甘いものではないのである。
あなたの周囲には、手帳にびっしりと、分単位で行動予定を書き込んでいる人がいないだろうか。こうした人は、一見いかにも時間をマネジメントしているかのごとくに見える。しかし、その実、彼らのほとんどは、予定をこなすことで「時間」を使い果たしてしまっているのだ。そのため、余裕というものがまったくない。端的にいって彼らは、時間を有効に活用しているのではなく、「時間」に鼻面を取られて引きずりまわされているだけ、といってもよいかもしれない。
「物理的な時間」は、誰にでも平等に与えられている。しかしこれを、眠る時間まで削って実働時間だけ増してみたところで、たかが知れている。真のタイム・マネジメントとは、もっと奥の深いものなのである。
タイム・マネジメントで最も重要なのは、まずあなたの脳を活性化させることにある。一例をあげよう。ワープロを人間の脳とする。
私は富士通のオアシスを、かなり以前に愛用していた。JIS仕様ではない独自のキーボード配列が、とても打ちやすくつくられているのが気に入った。
当初、オアシス100というワープロが出たので、早速購入して使ってみた。その当時は、どのワープロでも同じだが処理速度が遅い。「早速、お手紙ありがとうございました」などと打ち込んでも、なかなかディスプレイ(ブラウン管)に文字が現れない。ただ、ワープロ内部ではカチャカチャ音がしているので、さぼっているのではなさそうだ。そのうちやっと文字が出る。
このギャップ、正確にはタイム・ラグ、すなわちキーを打ってから文字が現れる時間の遅れは、10分以上打ち込みを続けると、イライラしてくる。
オアシス100には約2年ほどつき合った。その間、胃の調子はずっと悪かった。
次の機種が出ると聞いたときは、当然タイム・ラグも少なくなっているだろうと、早速購入すると、少しばかり改善されている。こうして新しい機種が出るたびに買い替えていった。それからずっとあとになって、オアシス300Aというディスプレイが縦型のワープロが開発された。これはもう、あまりタイム・ラグを感じなくなり、胃との相関関係もなくなった。
そのあとすぐ、ディスプレイが横長のオアシス500GXというのが発売された。これは1セットをフル装備すると700万円以上もした。300Aのときは、せっかく重宝に使っていたFAX機能が取り去られていたのにはガックリきた。
ワープロ専門機ということにこだわったそうだが、何であれ「遊び」という機能がないと、それを用いる人は疲れやすくなる。それに、オアシスは(他社も同様だろうが)上位機種を購入すると、下位機種の外付けハードディスクやプリンターが使えないのだ。
ずいぶんオアシスは買い替えてきたが、これにはだいぶ損害をこうむった。それでもさらに500GXを使い、その後5000という最高機種を用いた。もはや主観的なタイム・ラグはもうほとんど感じない。
ただ、たまにオフィスでオアシス300Aを使うとすごく遅く感じる。これも既述のインターチェンジ効果の一つだ。
なお、この5000にパソコン機能を追加したのは、どうも戦略ミスのように思われる。パソコンはソフトウェアとの相性が悪かったりすると動かなくなってしまうからだ。そうするとワープロも動かなくなる。オアシス5000も予想どおり動かなくなった。技術者も四苦八苦して一カ月後にようやく復旧したが、ワープロに特化したものは、徹頭徹尾、特化させるべきではあるまいか。
それはともかく、オアシス100を活性化されていない脳にたとえよう。この100を一時間用いると、10ページ分打てるとする。
一方、オアシス500GXは活性化された脳だ。この500GXでは一時間に50ページ分打てると仮定する。同じ一時間で五倍違う。時間量は増やせないが仕事量は増やせるわけだ。脳を活性化させると、このようなことが可能になる。
こうして脳を活性化(むろん「速聴」でだ。ただし、「速聴」によって時間が余ることを活性化と呼んでいるわけではない。実際に各種脳力が向上して、処理速度が速くなることを、ここでは活性化という)させたら、次はあなたの“精神的な時間”を充実させる必要がある。これは、決して難しいことではない。自分の人生に対して、確固とした目的意識(あるいは願望といってもよい)を持てばよいのである。
人間の大脳は、極めて大きなキャパシティを備えている。これは、創物主〔というのがもしあるとすればの話だ。アメリカの心理学者、哲学者であるウイリアム・ジェームズの『プラグマティズム』には、プラグマティズム(実用主義哲学)をどう誤解したのか、神を「ガス状の脊椎動物である」と主張した学生のことが書かれている〕が人間に対して、「自分の可能性がどこまで拡大するかチャレンジしてみなさい」と言ってくれているのだ、と私は解釈している。
人間の脳にとって「神」の存在は脳生理学的にも必要であるらしい。ある神を「信仰できる」ということは、脳のどこかに、そういう機能が備わっていなければできるものではない。多くの現代人にとっては、何かと理屈っぽい「科学」が神の代用を務めているが、脳にとっては不本意なことに相違ない。
それはさておき、チャレンジは願望や目標がなければできないものである。逆にいうと、願望や目標がありさえすれば、そして、それに向かって行動していけば、わずか3パーセントしか使われていない大脳のキャパシティも、どんどん広がっていくのである。
「速聴」は、大脳の中の「ウェルニッケ中枢」を刺激することによって、大脳全体を活性化させる。それに伴って、あなたの目的意識は、自分の人生に対する可能性の追求という大脳の欲求とともに大きく拡大していく。次いで、その目的達成のために、あなたは行動を開始し始めるのである。



