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<title>聴覚刺激で頭の回転が驚くほど速くなる</title>
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<modified>2006-06-21T08:21:27Z</modified>
<tagline>聴覚刺激で頭の回転が驚くほど速くなる　田中孝顕著
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<title>苦痛を伴う“暗記” では、覚えたことはすぐに忘れてしまう</title>
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<modified>2006-06-21T09:23:22Z</modified>
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<summary type="text/plain">「記憶と暗記とは違う。暗記は一夜漬けで苦しくて効果がない。記憶は楽しみながらやれ...</summary>
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<![CDATA[<p>「記憶と暗記とは違う。暗記は一夜漬けで苦しくて効果がない。記憶は楽しみながらやれて生活や人生のためになる」<br />
これは、ＮＨＫの鈴木健二元アナウンサーの言葉である。鈴木アナ（鈴木元アナでは読みにくいので、以降、鈴木アナとする）といえば、博覧強記の人であり、また、台本をまったく持たずに番組をみごとに進行させる、素晴らしい記憶力の持ち主でもある。</p>

<p><br />
実際、1980年代の人気番組だった『クイズ面白ゼミナール』を観ていても、あれだけの人名・地名・数字などをいったいどうやって覚えるのかと、ただただ驚くばかりだという人も多いことだったろう。もっともその個性の強さに反発する人々もいる。日本では出る杭はほとんど必ず、何らかの形で打たれるのだ。<br />
私は常に出る杭のスタンスで生きてきたので、日本という国は本当によく人の足を引っ張る国だなと、つくづく思っている。その割に足は短いままだ。割に合わない、とはこのことをいう。<br />
アメリカは、出た杭はそのまま見守るか、助力してくれる体質を持った国である。だがその反面、どの国に対してもいえることだが、長所も短所もある。<br />
そのような社会でうまく生きていくことにも、「速聴」は大きな力を必ず貸してくれるだろう。<br />
しかし、一見すると普通人にはとても不可能と思える鈴木アナの驚異的な記憶力を、あなたも身につけることができるとしたらどうだろうか？　仕事や知識の吸収に、その脳力は大いに威力を発揮してくれるはずだ。</p>

<p><br />
「では、いったい、どうやったら、あれだけの記憶力を自分のものにできるのだろう。きっと、鈴木アナも血のにじむような努力を重ねたに違いない。自分には、それと同じ真似などとてもできそうにない」<br />
おそらく、ほとんどの人は最初からこう考えて、行動を起こす以前にサジを投げてしまうのではないかと思う。だが、それはとんだ思い違いである。あなたの大脳の持つ力は、鈴木アナとまったく同じなのだ。脳力に差がないのであれば、あとはやり方次第ということになる。</p>

<p><br />
もう一度、冒頭に紹介した、鈴木アナの言葉をよく読んでいただきたい。この言葉の中には、記憶力を効果的に高めるための基本的な考え方がすべて含まれている。<br />
まず、基本の第一は、「記憶と暗記とは違う」ということだ。</p>

<p><br />
あなたがビジネスパースンであるなら、中学や高校時代のことを思い出してみてほしい。英語の単語や構文、数学の公式などを繰り返し読んだり紙に書いたりして丸暗記した経験があるはずだ。あなたは、大変な苦労をしただろう。<br />
ところが、そんなにつらい思いをして暗記したにもかかわらず、それから10年、20年たった今では、それが頭の中のどこかに埋もれてしまって、すっかり忘れてしまっている人がほとんどなのではないだろうか？</p>

<p><br />
かくのごとく、暗記とは頼りないものなのだ。いったい、それはなぜなのだろう。<br />
どんなことでもそうなのだが、一般に、苦痛を伴う努力をいくらしてみても、その効果は期待したほど上がらないものである。ビジネスでいうなら、投下した資金に比べて、利潤が少ないのと同じことなのだ。いや、“赤字” になってしまうといってもよいだろう。こんなバカな取引はない。<br />
暗記とは、これほど割に合わない記憶法なのである。一方、記憶はまったく逆になる。</p>]]>

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<title>記憶とは、“覚えたことを忘れない” 脳力</title>
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<modified>2006-06-21T09:21:24Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:27:53Z</issued>
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<summary type="text/plain">「記憶は、楽しみながらやれる」 基本の第二はこれである。 もう一度、中学や高校時...</summary>
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<![CDATA[<p>「記憶は、楽しみながらやれる」<br />
基本の第二はこれである。<br />
もう一度、中学や高校時代のあなたを頭に思い浮かべてほしい。<br />
「以後よく伝わるキリスト教」<br />
「一つくれよか露にゲンコツ」<br />
ここにあげたのは、歴史の年表を覚えるための語呂合わせだ。前者が、キリスト教の日本への伝来（一五四九年）、二番目は、日露戦争が起こった年（一九〇四年）になる。あなたもこうした語呂合わせのお世話になったかもしれない。そして、今でもそのいくつかは覚えているだろう。</p>

<p><br />
理由は、もうおわかりのことと思う。語呂合わせが楽しかったから、記憶に残っているわけである。もし、年表を正確に丸暗記しようとしたら、覚えることがなかなか難しいばかりか、何年かたったのちには、大部分を忘れてしまうはずである。</p>

<p><br />
自分の普段の仕事ぶりを振り返ってみてほしい。あなたは、 “暗記派” だろうか、それとも “記憶派” だろうか。自分がどちらのタイプであるかを見極めるのは、とても簡単である。覚えることに苦痛を感じているか、それとも楽しんでやっているかを考えてみればよいのだ。</p>

<p><br />
もう一つ、覚えたことをすぐに忘れてしまうか、長期間たっても思い出すことができるかでも、あなたが “暗記派”  “記憶派” のどちらであるかがわかる。<br />
「暗記は、苦痛が大きく、覚えたこともすぐに忘れてしまう」<br />
「記憶は、楽しんででき、覚えたことをいつでも思い出すことができる」<br />
以上のことでおわかりのように、楽しんで覚える方法さえ身につければ、あなたは鈴木アナ以上の記憶力を備えることができるわけだ。<br />
「その方法がわからないから困っている」<br />
あなたは、こういうかもしれない。しかし、あなたはもうその方法を知っているのだ。もちろん、その方法とは本書のテーマである、「速聴」である。</p>

<p><br />
なぜ「速聴」が、あなたの記憶力を高めてくれるのか？　その理由の一部は、英単語集を著されている先生方の文章を引用してすでに述べた。ここでは別のスポットを当てて理由を述べるが、その前にもう一点、記憶の基本について述べておきたいと思う。<br />
「記憶とは、単に覚えるだけでなく、“覚えたことを忘れない”脳力」<br />
つまり、記憶を保つ脳力を高めることが、本当の意味での記憶であると、私は考えている。そして「速聴」は、この脳力をも開発してくれるのだ。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>記憶はすべて右脳と左脳がコントロールしている</title>
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<modified>2006-06-21T09:19:55Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:28:37Z</issued>
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<summary type="text/plain">記憶が、「生活や人生のためになる」には、まず、それを思い出すことが必要となる。せ...</summary>
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<![CDATA[<p>記憶が、「生活や人生のためになる」には、まず、それを思い出すことが必要となる。せっかくいったん覚えても、あとで忘れてしまったのでは、生活や人生に役立てることはできない。<br />
もっとも覚えたものが潜在意識にまで落とし込まれた場合、無意識のうちにそれが他の記憶や経験と結びついて、「頭がキレる人間」になり得ることは、「はじめに」に述べたとおりである。<br />
そして、「覚える」「思い出す」という記憶の流れは、すべて脳の働きによってコントロールされているのだ。したがって、大脳が活性化していなければ、こうした脳力も十分に発揮されないことになる。</p>

<p><br />
「速聴」をすると、脳が活性化し、あるレベルに達すると、 “汎化作用” が生じることはすでに述べた。本章では、「速聴」の汎化作用によって開発が期待される八つの潜在脳力（実際は一九種類以上、いや無数にあるが、ページ数の関係でアトランダムに八種を選んだ）についてご紹介するので、ここでもう一度、汎化作用について整理しておきたいと思う。<br />
「速聴」を行っていくと、耳が音声の速さに適応しようとする。そして、聴覚が向上してくる。<br />
耳は、人間の体外にある脳の出先機関であり、聴覚とは脳そのものを意味している。つまり、聴覚が発達向上するということは、とりもなおさず、聴覚を司る脳の部位が発達向上するということにほかならないわけだ。<br />
そして、この聴覚の発達向上という好結果の影響は、脳の他の部位にまで及んでいる。その一例が、たとえば“記憶力”になる。<br />
もちろん、この汎化作用は、記憶力のみにとどまるわけではなく、あらゆる潜在脳力の発達向上につながっていく。</p>

<p><br />
本書では、アトランダムに、「記憶力」「集中力」「創造力」「表現力」「判断力」「理解力」「決断力」「先見力」の八つの潜在脳力（これらをなぜ “脳力” と呼ばずに “潜在脳力” と呼ぶかというと、これら諸力は「今以上に開発され得る余地を十二分に残している」からにほかならない。これは他の脳力に関しても同じことがいえる。本書では、その潜在部分にスポットを当てているわけだ）を取り上げ、「速聴」との結びつきについて述べようとしているわけだ。</p>

<p><br />
この章を読めば、「速聴」を身につけることによって、自分でも気がつかなかった、あなたの潜在脳力が開発され、発達向上していくことがよくわかるだろう。あなたはそこに、自分のあるべき本当の姿を発見することになる。<br />
ではここで、もう一度記憶力に話を戻すことにしよう。<br />
あることを「覚える」「思い出す」ことが、脳によってコントロールされていることはすでに述べたが、この “脳” が、 “右脳” と “左脳” 、つまり「全脳」を意味することは、いうまでもない。<br />
そこで次に、この右脳と左脳の働きが、人間の記憶にとってどれほど重要なものなのか、そのメカニズムを解説しつつ述べていくことにしよう。</p>]]>

</content>
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<title>「覚える」「思い出す」は、右脳と左脳がバランスよく働いてこそうまくいく</title>
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<modified>2006-06-21T09:17:48Z</modified>
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<summary type="text/plain">人間が外部から受ける情報は、まず右脳に入る。右脳は、別名 “イメージ脳” （右脳...</summary>
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<dc:subject>Sec4-1</dc:subject>
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<![CDATA[<p>人間が外部から受ける情報は、まず右脳に入る。右脳は、別名 “イメージ脳” （右脳にとっては多少荷が重い命名だろうが……）といわれるぐらいだから、聴いたり見たりした情報や、イメージを含めて丸ごと受け取ることになる。そして次に、この情報は左脳へ送られていくのである。</p>

<p><br />
わかりやすいたとえでいえば、右脳では、外部から入ってきた情報とイメージを、昔のハエ取り紙のように、粘着させるテープが回転しているようなものだ。外部情報は、この粘着テープによって、どんどん左脳へ送られていく。<br />
左脳の仕事は、この情報やイメージがくっついたテープに、整理・整頓のためのラベルを貼り、分類して（あるいはひきはがして）、脳の引き出しにしまっておくことである。少々固い言い方をするなら、右脳が受けたイメージ情報を、左脳が論理化して脳に収めておくということだ。<br />
この右脳と左脳との協力によって、あなたの頭の中に、あることが記憶されることになる。つまり、「覚えた」わけである。</p>

<p><br />
では、「思い出す」＝「記憶を引き出す」作業は、どういうシステムで行われるのだろうか？<br />
まず、思い出す対象について、右脳がそれをイメージ化する。このイメージには、左脳によってラベルが貼られていて、左脳では、そのラベルに従って、所定の引き出しから対象となる情報を引き出してくるのである。</p>

<p><br />
では、もうこの右脳と左脳のバランスが崩れてしまったとしたら、私たちの記憶はいったいどうなるのだろうか？　さらに具体的にいうと、これは「右脳のイメージ力ではなく、左脳の言語力・論理作業のみに頼って覚えようとするとどうなるか」がテーマとなる。<br />
なぜなら、仕事や勉強で論理的思考をもっぱらとする現代人の脳は、左脳の働きが強す　　　　　ぎ、右脳のイメージ力が低下しているからだ。<br />
記憶力を効果的に高めるための基本のその一を、もう一度思い出してほしい。<br />
「記憶と暗記は違う」<br />
私は、鈴木アナの言葉を借りてこう述べた。そして、右脳と左脳のバランスが崩れた場合——左脳の働きが強すぎた場合、あなたの「覚える」という作業は、 “暗記” になってしまう。<br />
ある対象をイメージ抜きで覚えるということは、言葉や数字を単に “暗記” として脳にしまい込むことを意味している。</p>

<p><br />
歴史の年表を例にとるなら、前述した、キリスト教伝来の年号を、「以後よく伝わるキリスト教」ではなく、「キリスト教は一五四九年に、日本に伝わった」と覚えることにほかならない。これでは、「無理やりに覚え込む」だけであり、「思い出す」ことは大変難しい作業となる。<br />
あたかも釣り針をつけずに魚を釣ろうとするようなものである。「絶対釣れない」ということはないだろうが、大変難しいことは確かだ。</p>

<p><br />
以上でおわかりのように、左脳の力だけに頼る釣り針をつけない覚え方は、単なる“暗記”である。一方、右脳のイメージ力と左脳の言語・論理作業をバランスよく働かせて覚えるのが“記憶”であり、そして、これによって初めて、人間の脳は、「覚える」こと（釣り針をつけて糸をたれる）と「思い出す」こと（魚を釣り上げる）の二つを、完璧にできるようになるのである。<br />
</p>]]>

</content>
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<title><![CDATA[速聴&reg;で記憶力・集中力を開発するポイント]]></title>
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<modified>2006-06-21T09:16:32Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:30:28Z</issued>
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<summary type="text/plain">鈴木アナは、その仕事柄、人の話を聴く機会が多かったはずだ。しかも売れっ子なので、...</summary>
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<email>ota_rumi@ssi.com</email>
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<dc:subject>Sec4-1</dc:subject>
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<![CDATA[<p>鈴木アナは、その仕事柄、人の話を聴く機会が多かったはずだ。しかも売れっ子なので、その数はかなりにのぼっただろう。鈴木アナがインタビューするような人は、すべて著名人であり、その道の第一人者たちばかりだと思われるから、記憶に残したい、「よい話」もたくさんあるに違いない。<br />
鈴木アナは、忙しさの中でそうした話を記憶するには、「その場で覚える」ことが一番と考えたのではないだろうか？　</p>

<p><br />
もしそうだとすれば、鈴木アナは、相手の話にできるだけ注意深く耳を傾けたはずである。この鈴木アナの姿勢が、聴覚を鋭くすることにつながったのは、改めていうまでもない。<br />
そして、聴覚を磨けば、その汎化作用によって、記憶力を司る脳の部位が発達向上することは、本書の中で何度か述べたとおりである。<br />
また、鈴木アナはテレビ界に長くいた人だから、職業柄、相手の話を自分の頭の中でイメージ化する作業にもたけているだろう。そのため、右脳と左脳＝全脳がバランスよく働き、「覚える」「思い出す」という一連の記憶の作業もスムーズに行われることになる。</p>

<p><br />
以上のように、鈴木アナは、無意識のうちに、聴覚のトレーニングを積んでいたといえるだろう。<br />
ということは、あなたが意識的に聴覚、あるいはそれにも増してエキサイティングな「速聴」を行うようにするなら、鈴木アナ以上の記憶力の持ち主に、間違いなくなれるということである。<br />
もう一点、鈴木アナのケースで、見逃せない脳力がある。もうあなたはおわかりかもしれないが、それは “集中力” である。</p>

<p><br />
鈴木アナのように、職業柄、相手の話に注意深く耳を傾けるということは、すなわち「集中力を発揮して相手の話を聴く」ことにほかならない。つまり、「これを覚えたい」と職業本能的に聴覚を鋭くすれば、記憶力だけでなく、集中力を司る脳の部位も自然に鋭さを増してくるわけである。まさに、一挙両得といえる。<br />
私は常に、「速聴」を「これからの時代のスーパー全脳活性法」と考え、当社に来られる方にもそう言ってきた。もし、「速聴」が、単に記憶力だけを発達向上させるものであれば、私は何も、“これからの時代の”だとか“スーパー”だとかという言葉を使うつもりなどない。あえてこのような表現をするのは、それなりの裏づけがあるからだ。</p>

<p><br />
これからの時代は、今以上に情報が洪水のようにあふれているだろう。それだけの量の情報を脳が処理記憶するには、右脳のイメージ力のスピードを高めるとともに、左脳の整理・整頓脳力を強化させておくことが不可欠となる。<br />
さらに、短時間で情報を脳に定着させるための集中力も欠くことのできない脳力となるが、「速聴」は、そのすべての脳力を開発し、向上させ、発達を促進してくれるはずである。<br />
私が、「速聴」を「これからの時代のスーパー全脳活性法」というのは、それが今後の時代の流れに、ピッタリとマッチした脳力開発法と考えるからだ。</p>

<p><br />
「速聴」であなたの記憶力・集中力を開発するために見逃せないポイントはこれだ<br />
1・・・“暗記”と“記憶”は違うことを知る。<br />
2・・・“暗記”は苦痛が大きく、覚えたこともすぐに忘れてしまう。<br />
3・・・“記憶”は楽しんでやれて、覚えたことをいつでも思い出すことができる。<br />
4・・・真の記憶力とは、「覚えたことを忘れない脳力」を指す。<br />
5・・・記憶力は、「速聴」による汎化作用で発達向上する。<br />
6・・・右脳からのイメージ情報が左脳で整理・整頓されて記憶は大脳に定着する。<br />
7・・・右脳のイメージ力を抜きにした、左脳だけの記憶は、単なる暗記にすぎない。<br />
8・・・右脳と左脳がバランスよく機能し、全脳が活性化して初めて、「覚える」「思い出す」が完璧にできるようになる。<br />
9・・・「速聴」は、記憶力とともに集中力も増大させる。<br />
10・・・「速聴」は、右脳と左脳の機能も拡大させる。</p>]]>

</content>
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<title><![CDATA[創造力と表現力も速聴&reg;で磨いてこそ輝く]]></title>
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<modified>2006-06-21T09:13:30Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:32:45Z</issued>
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<created>2006-01-25T08:32:45Z</created>
<summary type="text/plain">この項で紹介する「『速聴』が開拓する潜在脳力」とは、 “創造力” と “表現力”...</summary>
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<email>ota_rumi@ssi.com</email>
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<dc:subject>Sec4-2</dc:subject>
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<![CDATA[<p>この項で紹介する「『速聴』が開拓する潜在脳力」とは、 “創造力” と “表現力” である。もっとも、この創造力と表現力は、本来別々に分けられるものではなく、表裏一体をなすものなのだ。<br />
たとえば、画家、作家、音楽家などの芸術家は、自分のイマジネーションによって創りあげた世界を、作品や演奏の形で私たち第三者に伝えてくれる。つまり、創造力から生まれた何かを、表現力を駆使して形にしているのだ。したがって、創造のないところに表現はなく、表現のないところに創造はないといってよいだろう。</p>

<p><br />
同じことは、ビジネスの場にもいえる。経営者はいうまでもなく、たとえ入社したての新人であっても、仕事は一つの自己表現である。そして、仕事が表現であるからには、そこに何らかの創造性が発揮されているはずだ。もし、創造性がないとするなら、その人の仕事は、オリジナリティのある自己表現ではなく、単なる「筋肉の動き」にすぎない。</p>

<p><br />
高度成長の時代ならともかく、低成長経済の現在、このようなことでは売上げをはじめとする業績を伸ばすことなど、まず不可能といってよいだろう。他人が思いもつかないアイディアを生み出して初めて、独自の高成長を遂げることができるのだ。<br />
そして、この「他人が思いもつかないアイディアを生む」ためには創造力が不可欠であり、また、それを商品として世に出し、売上げを上昇させるためには、強力な表現力が必要となるわけだ。<br />
創造力と表現力は、人間であれば、生まれながらに備わっている脳力である。ところが、このせっかくの脳力を、あたかもまったく持っていないかのように全然生かそうとせずに人生を送っている人が、驚くほど多い。なぜ、そんなことが起こるのだろう。<br />
「埋もれた脳力があるとも思わず、したがって、それに磨きをかけることすら思いも及ばないから」<br />
私はこう考えている。ついでに記憶中心主義の日本の教育方法にも大きな問題がある、と指摘したい。改良はできるが発明はできない、という日本人の短所（まだ国家が発展途上にある状態のときには長所であった）の多くは、この教育方法に源を発している。<br />
「玉磨かざれば光なし」ということわざがある。いくら素質があっても、それを発揮させるための具体的な行動を起こさなければ、素質はいつまでたっても開花しない…当然のことだが、ことわざは、こういっているわけである。</p>

<p><br />
あなたは、創造力や表現力という玉＝脳力を、普段からちゃんと磨いて曇りを取り除いているだろうか？<br />
ここで登場するのも、やはり「速聴」である。「速聴」を身につけていれば、曇りがなくなるだけでなく、玉の輝きは以前にも増して大きくなるだろう。<br />
もっとも、ただ言葉だけでは、あなたも「速聴」と創造力・表現力との結びつきがイメージとしてわいてこないだろう。そこで次に、具体的な例をあげ、両者の結びつきについて解説していきたいと思う。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>聴覚錬磨が、豊かな創造力を生む</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ssiblog.com/book/archives/sec42/000625.html" />
<modified>2006-06-21T09:11:27Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:33:45Z</issued>
<id>tag:www.ssiblog.com,2006:/book//22.625</id>
<created>2006-01-25T08:33:45Z</created>
<summary type="text/plain">ここで私が取り上げるのは、作家の筒井康隆氏である。 筒井康隆氏といえば、そのブラ...</summary>
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<email>ota_rumi@ssi.com</email>
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<dc:subject>Sec4-2</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ssiblog.com/book/">
<![CDATA[<p>ここで私が取り上げるのは、作家の筒井康隆氏である。<br />
筒井康隆氏といえば、そのブラックユーモアあふれる日本人離れした作風で多くのファンを持つ、ＳＦ小説界の第一人者である。この筒井氏は、ジャズにも造詣が深く、それも単にレコードやコンサートを聴くだけにとどまらず、クラリネットも吹くという。</p>

<p><br />
さらに驚かされるのは、プロのミュージシャンといっしょに、コンサートを開くということだ。おそらく、筒井氏のクラリネットの腕前は、アマチュアの域を超えてかなりのものなのだろう。<br />
ジャズの演奏で最も重視されているのは、“即興” である。即興とは、楽譜にとらわれず、その場で生まれたイマジネーションのおもむくまま、自在に演奏することを指す。つまり、ジャズの場合、たとえ同じ曲を同じ人間が演奏しても、そのどれもが違ったものになるということだ。<br />
「その場で生まれたイマジネーションのおもむくまま、自在に演奏する」<br />
私は、即興演奏の意味をこう述べた。では、そのイマジネーションはどこから生まれてくるのだろうか？　ジャズの場合、ソロは別として、イマジネーションが生まれるきっかけは、他のメンバーの演奏によるところが多い。</p>

<p><br />
具体的にはこういうことだ。<br />
たとえば、ピアノ、ベース、ドラム、クラリネットというカルテットで演奏を行うとする。それぞれの楽器は、順次ソロで即興演奏をするわけだが、他の楽器の即興を聴くうちに、それに刺激を受けてどんどんイマジネーションが広がってくる。そのイマジネーションの世界を、楽器を使って表現するわけである。<br />
筒井氏の小説は、よく「ジャズ的だ」と評される。あるイメージから別のイメージが生まれ、それがまた次のイメージを生む、という具合に、発想が次々と広がっていくのだが、そのイメージの連鎖が即興演奏的だというわけである。</p>

<p><br />
こうした評が正鵠を射ているかどうかはともかく、小説における筒井氏の創造力と表現力の源泉の一つは、氏のジャズ演奏にあると私は考えている。<br />
先ほども触れたように、ジャズの即興のきっかけは、他のメンバーの即興演奏である。何が飛び出してくるかわからない演奏に耳を傾けることによって、それに触発され、自分のイマジネーションが生まれ広がっていくのだ。<br />
また、ジャズの演奏は、決して単純ではない。さまざまなフレーズが複雑にからみ合って表現されるのである。こうした音の世界に耳をさらしていれば、おのずと聴覚が刺激され発達することは、いうまでもないし、これが汎化作用を生み、脳の他の部位に好影響を及ぼすのは明らかなことである。その脳の他の部位が、創造力や表現力を司るところであることは、改めていうまでもないだろう。<br />
私が、「小説における筒井氏の創造力の源泉の一つは、ジャズ演奏にある」といった理由は、まさにそこにあるのだ。</p>

<p><br />
私にいわせれば、筒井氏はジャズの即興演奏という形で、聴覚錬磨を行ってきたことにほかならないのである。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title><![CDATA[速聴&reg;で創造力・表現力を開発するポイント]]></title>
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<modified>2006-06-21T09:09:52Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:34:37Z</issued>
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<summary type="text/plain">音楽による聴覚錬磨といえば、本職の音楽家のほうが、筒井氏より何倍も行っていること...</summary>
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<![CDATA[<p>音楽による聴覚錬磨といえば、本職の音楽家のほうが、筒井氏より何倍も行っていることになる。したがって音楽家たちは、当然、創造力と表現力に優れているわけだが、この二つの脳力は、何も音楽の世界のみにとどまるものではない。<br />
実際音楽家の中には、プロ顔負けの文章家が教えきれないほどいる。ちなみに、思いつくままに名前をあげるだけでも、團伊玖麿、敏郎、小澤征爾、小林研一郎、岩城宏之、中村紘子、山下洋輔、坂田明氏など、枚挙にいとまがない。</p>

<p><br />
こうした音楽家たちの書くものはもっぱらエッセイだが、ものの見方がまことにユニークで、かつ文章の表現力も大変豊かである。しかも彼らはこれを、音楽という本業で発揮する創造力、表現力の何分の一かの力でやりこなしているのだ。<br />
これは、聴覚を鍛えたことによる汎化作用の効果が、いかに大きなものであるかをみごとに証明している。<br />
このように、聴覚と創造力・表現力は、切っても切れない関係にある。そして、例にあげた音楽家たちは、こうした脳力を、何十年にもわたる音楽活動の中で育んできたのである。したがって、一見すると、これは私たち一般人にはとてもできないことのように思われるが、それが必ずしも正しくないことは、筒井氏のケースを見てもわかるだろう。</p>

<p><br />
筒井氏のクラリネットの腕前がいくらよいといっても、あくまでも氏はアマチュアである。決して毎日のようにステージに立っているわけではなく、年に何回かプロたちとコンサートを行うだけなのだ。それにもかかわらず、ジャズの演奏が、筒井氏の書く小説の創造力と表現力の源泉となっている事実は見逃せない。<br />
言葉を換えれば、創造力と表現力にとって、聴覚錬磨が及ぼす威力のほどは、あなたが想像する以上に絶大なものだということになるわけである。要するに、音楽家のように専門家として聴力を鍛える努力をしなくても、ある一定のトレーニングで、あなたの創造力と表現力は驚異的に発達向上するということを、筒井氏は教えてくれているのだ。</p>

<p><br />
私の研究所にも、音楽とほとんど無縁で過ごしている人が多数いる。しかし、「速聴」による脳力開発の本質は、音楽にあるのではなく、あくまでも聴覚を鋭くすることにあるのだから、こうした人たちも「速聴」を実行していくなかで、豊かな創造力と表現力を開発することが可能なのである。<br />
たとえば、あるビジネスパースンは、「速聴」の過程で、斬新な企画が次々とわいてくるとともに、企画書そのものの書き方がうまくなった。<br />
また、別のセールスパースンは、「速聴」によって、営業戦略を的確に立てられるようになったばかりか、お客に対するセールストークの腕も上がったという。<br />
ただこれらの諸力は、純粋に「速聴」の効果によるもの（たとえば記憶力）もあるが、特定の脳力を開発したい、という場合は、その特定の脳力開発に関する音声を「速聴」することで、飛躍的に向上するのである。</p>

<p><br />
このように「速聴」は、それぞれの用途向きのソフトウェアを「速聴」することにより、企画・営業戦略という創造力が必要な分野の脳力とともに、企画書、セールストークという表現力が求められる分野の脳力をも、同時に開拓、発達、向上させてくれるわけである。実に、頼もしいかぎりではないか。</p>

<p><br />
「速聴」であなたの創造力・表現力を開発するために見逃せないポイントはこれだ<br />
1・・・創造力と表現力は表裏一体のものである。<br />
2・・・自己表現の産物であるビジネスに、創造力と表現力は不可欠。<br />
3・・・創造力と表現力は生まれながらに備わっている脳力だ。<br />
4・・・創造力と表現力は、「速聴」のトレーニングで簡単に向上する。<br />
5・・・聴覚と創造力・表現力は、切っても切れない関係にある。<br />
6・・・「速聴」で、企画力（創造力）と企画書の書き方（表現力）が向上する。<br />
7・・・「速聴」で、営業戦略の立て方（創造力）と、セールストーク（表現力）の腕が向上する。</p>]]>

</content>
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<title><![CDATA[速聴&reg;で判断力・理解力を開発するポイント]]></title>
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<modified>2006-06-21T09:08:23Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:36:18Z</issued>
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<summary type="text/plain">「速聴」の体験者が、「速聴」を身につけると、「同時に何人かの話を聴いても、頭が混...</summary>
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<dc:subject>Sec4-3</dc:subject>
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<![CDATA[<p>「速聴」の体験者が、「速聴」を身につけると、「同時に何人かの話を聴いても、頭が混乱せず、それぞれの話の主旨がはっきりわかるようになる」という人がたくさんいる。まるで聖徳太子のようだが、これが実際に可能になるところに、「速聴」の大きな特長がある。<br />
もっとも、「たくさんいる」と書いたが、レベルは多様だ。しかし年齢はあまり関係ない。加齢により、洞察力が高まることがこれにプラスするためかもしれない。</p>

<p><br />
ところで、複数の人の話が理解できるという人々は、「一を聴いて十を知る」脳力を実際に持っていることがテストの結果、明らかになった。<br />
一般的な表現を用いるなら、高度の「判断力」と「理解力」の持ち主ということになるだろう。<br />
「速聴」の汎化作用によって、「同時に何人かの話を聴いても頭が混乱せず、それぞれの話の主旨がはっきりわかる」判断力と理解力の脳力が向上する。<br />
ただし、この場合、何人かの話を“積極的に”注意集中してしまうと失敗する。というのは、積極的注意集中とは、ある一つのことに焦点を絞ることだからだ。ところが、たとえば10人が同時に話している音声をこのようにして聴いてしまうと、結局、一人の話しか聴き取れない。<br />
ではどうしたらよいか、というと“受動的注意集中”を行うのである。この言葉が完全に矛盾していることは、すぐおわかりになるであろう。</p>

<p><br />
注意集中というからには、本来 “積極的” でなければならないからだ。ところがこの受動的注意集中というのは、学術用語にもなっているほどの言葉なのである。自己催眠の一種に自律訓練法というものがあり、大学病院等でもよく活用されているが、受動的注意集中という用語は、この訓練法を解説するときに用いられる。</p>

<p><br />
ページの関係で詳しくは書けない（拙著『自分を思いどおりに動かす決定的条件』には詳述しておいた）が、要は「さりげなく、ぼんやりと対象に注意を向ける」という意味である。<br />
たとえば、仕事上の難問が、あなたの前に同時に発生したとしよう。これは、同時に何人かの話を聴かされるのと生理的には類似している。その難問は、どれも解決を急がなければならないものばかりである。<br />
おそらくあなたは、いったいどれから手をつけたらよいのかと、すっかり頭を抱え込んでしまうはずだ。<br />
また、たとえ頭を抱え込まないにしても、心の中は焦りでいっぱいになり、気ばかりせいて、解決のためのプランがさっぱりわいてこないということにもなりかねない。</p>

<p><br />
このように、仕事上で難問を同時にいくつか抱えた場合、ほとんどの人の脳は混乱を来してしまうのが普通である。ひどいケースになると、思考力がまったく停滞してしまうことすらある。これは脳の10パーセントは自分自身を破壊から救うための防禦手段を講じているのだが、残りの90パーセントは脳力を引き出すノウハウに疎いためでもある。<br />
こうした脳の混乱や思考の停滞は、「問題を早く解決しなければ大変なことになる」という、あなたの感情が原因でもある。こうした感情にとらわれた場合、あなたの脳は、不安や興奮状態にあるとき発生するガンマ波や、緊張状態にあるとき発生するベータ波でいっぱいになっているのだ。<br />
また、 “不安と恐怖のホルモン” とされるアドレナリンや、 “怒りのホルモン” であるノルアドレナリンも脳に充満している。</p>

<p><br />
以上でおわかりのように、これではあなたの脳も、問題解決のための妙案を考え出すことなど、まったく不可能といってよい。<br />
では、いったい、どうしたらよいのだろうか？　その答えはもうおわかりのはずだ。脳をガンマ波やベータ波の支配から解放してやり、アルファ波や覚醒シータ波で満たしてやればよい。これは深くリラックスすることで可能となる。たったこれだけのことで、あなたの脳は、円滑に活動を始めるのである。<br />
この場合、脳の活動が円滑になるということは、判断力と理解力が促進されることを意味している。そして、こうしたことを実現するための一つの方法が「速聴」なのだ。<br />
あなたは、この「速聴」の力で、「一を聴いて十を知る」脳力を向上させ、同時に発生した難問を、（少しオーバーな表現ではあるが）あたかも聖徳太子のごとくに素早く解決できるようになるだろう。</p>

<p><br />
「速聴」であなたの判断力・理解力を開発するために見逃せないポイントはこれだ<br />
1・・・「速聴」を身につけると、解決を迫られた難問を大量に抱えても、正確に判断・理解する脳力が発揮できるようになる。<br />
2・・・問題に対する判断力・理解力を鈍くする元凶は、脳がガンマ波、ベータ波でいっぱいになっていることだ。<br />
3・・・たくさんの人間の話に真剣に耳を傾けるようにすると、判断力・理解力はおのずと向上する。<br />
4・・・判断力・理解力は、「速聴」によって短時間で飛躍的に向上する。</p>]]>

</content>
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<title>潜在脳力開発のパワーは視覚より聴覚が数段上</title>
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<modified>2006-06-21T09:05:31Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:37:49Z</issued>
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<summary type="text/plain">あなたもご存じのように、人間には、「聴覚」「視覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」の五感...</summary>
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<email>ota_rumi@ssi.com</email>
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<dc:subject>Sec4-4</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ssiblog.com/book/">
<![CDATA[<p>あなたもご存じのように、人間には、「聴覚」「視覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」の五感がある。<br />
「超感覚的知覚」を加えて六感あると主張する人もいる。私もその一人である。しかしこの感覚は持っていないと思っている人々もいる。実際には持っているのだが、「科学」という名の宗派のとりこになって、このような知覚に盲目となってしまっている人が多いのが現状だ。</p>

<p><br />
このように頭から信じない人もいるので、ここでは誰もが持っていて頭から信じられる感覚だけにした。<br />
もっとも五感のうち、一感以上を何らかの理由で欠いている人もいる。私は、飲酒すると嗅覚がなくなる。正座していると足の触覚は皆無となり、何というか、これこそ七感目に該当するものではなかろうかと思いたくもなる、気持ちの悪いジーンとした感覚で、しばし口もきけなくなる。<br />
味覚のうち、「うま味」を “独立した味覚” として分類しているのは一部の日本人だけである。欧米人の舌は気の毒にも「うま味」を知らない。したがって独立項として分類しようがないため、「味覚に関する科学」に「うま味」は存在しない。</p>

<p><br />
さて私たちは、この五感を通じて外部の情報を脳に送っている。したがって、どれも大切な情報収集のための感覚なのだが、とりわけ「聴覚」と「視覚」は、これを失うと社会的活動が極端に制限されるので、五感の中でも上位に置かれることになる。<br />
これについては、あなたも十分にご理解いただけよう。またこれが欠けると、別の感覚が鋭敏になることはすでに述べた。</p>

<p><br />
青森の下北半島にある霊場、恐山の「いたこ」は視力を欠いている。「いたこ」の口寄せの内容は、誰でも同じようなことを言っているような、また、どうとでもとれるようなことを話す場合も多いが、なかには、「いたこ」が知るはずもないことを話すこともある。これなどは、視力欠損の代償作用で超感覚的知覚が顕在化したのかもしれない。<br />
では、人間の生活にとって欠くことのできないこの聴覚と視覚では、どちらがより重要なのだろうか。実際はどちらともいいがたいのだが、こと潜在脳力の開拓向上に関してなら、その重要度は聴覚が視覚を上回ると考えてよい。</p>

<p><br />
すでに第１章で述べたように、目は人間の体外諸器官の中で、衰えが最も早くやってくる。だから、視覚を鍛え、その汎化作用によって脳の他の部位も発達させようとすることは、聴覚を活用することに比べれば不利なのである。<br />
もし目を酷使すれば、たちまち視力が低下し、眼鏡の度はどんどん進んでいってしまうだろう。これでは、汎化作用どころの騒ぎではなく、かえって情報収集力に齟齬を来す結果にもなりかねない。もっとも眼球を動かす筋肉のトレーニングも含まれているので、その点は有用である。<br />
戦時中、まだレーダーがその十分な効用を発揮できなかったころは、パイロットの目がレーダーの役目を果たしていた。優秀なパイロットは普通の人では見えない遠方の敵機を視認することができたが、やはり高齢になるにつれ、視力は低下していったという。</p>

<p><br />
一方、聴覚は、激しい騒音の中で毎日暮らすというような劣悪な環境にでも身を置かないかぎり、視覚と違って急速に衰えることはまずあり得ない。というより、ノーマルな音の環境であれば、聴覚は鍛えれば鍛えるほど、鋭さを増してくるのである。<br />
聴覚と視覚のこの差は、極めて重要である。私は四七歳ころから、小さい文字を多少、顔を後ろにそらせて見ている自分を発見（自覚）して、「ああ、とうとう来たか」と、いささかさみしくなったものだ。視力は右一・五、左〇・八をいまだに維持しているので、そのときはウイスキーのせいだったかもしれない。もっとも今ではパソコンのせいにしている。</p>

<p><br />
そのうちに、物質というものはもともと霞んでいるのである、と私が主張し出しても、あなたはまともにこれを受け取ることはない。<br />
老眼はこれまで不治とされてきたが、私はぜんぜん悲観していなかった。眼球内にセットできる補正レンズが開発されると確信していたからだ。<br />
これまで何度か言及した「楽観性」とは、こういうことだ。むろん、それまでに私が存在していようといまいと、そのようなことは関係ない。問題は、生きていそうな確率範囲内で夢が実現できそうか否か、それだけのことだ。</p>

<p><br />
それはさておき、私は本書で、「汎化作用」について、その効果をたびたび強調してきた。汎化作用は、特定の脳力が活性化し、その力がある一線を越えたときに全脳が活性化する作用のことだ。聴覚というのも考えようによっては一つの脳力であり（私は聴脳力と呼んでいるが）、この聴覚を鍛えることでも汎化作用は生じる。<br />
であれば、鍛えることによって衰えるのではなく、かえって発達する聴覚にその役目を担わせるのが、最も合理的なやり方になる。<br />
視覚は、文字、映像に関する情報については、極めて重要な器官である。したがって、この種の情報については、視覚に任せるようにする。</p>

<p><br />
鍛えることによって衰えると書いたが、鍛えるとすぐ衰えるという意味ではない。やはり視覚も鍛えればそれなりのパワーアップはするが、しかし体のどこよりも、衰えるのがいちばん早いという意味だ。<br />
片や聴覚は「ウェルニッケ中枢」に直結しているのである。また、音について抜群の情報収集脳力を誇っている。<br />
さらに注目すべきことは、聴覚と密接な関係にある「ウェルニッケ中枢」の発達によって、この章で紹介したような潜在脳力が開発向上される点である。</p>

<p><br />
以上のことからおわかりのように、聴覚と視覚は、情報収集脳力については優劣をつけがたいが、「ウェルニッケ中枢」と直結して潜在脳力を含めた全脳を活性化できるという “総合力” で見るかぎり、聴覚のパワーは座頭市ではないが、視覚のそれを完全に上回っているのである。</p>]]>

</content>
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<title>決断力と先見力のなさが行動に迷いを生じさせる</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ssiblog.com/book/archives/sec44/000629.html" />
<modified>2006-01-25T08:39:43Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:38:52Z</issued>
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<summary type="text/plain">これまで本章で述べてきた「記憶力」「集中力」「創造力」「表現力」「判断力」「理解...</summary>
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<dc:subject>Sec4-4</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ssiblog.com/book/">
<![CDATA[<p>これまで本章で述べてきた「記憶力」「集中力」「創造力」「表現力」「判断力」「理解力」は、たとえば経営など、その他もろもろの人間の営為（いとなみ）に際して、行動のベースとなる脳力である。<br />
つまり、こうした脳力を駆使して、情報を収集・選択・蓄積・分析し、次の行動を生み出すための材料を探し、創り出していくわけである。単純にいうと、以上のような脳力は、いわばジェット機を製作する際の頭脳エネルギーに該当する。<br />
一方、決断力と先見力は、こうして完成されたジェット機をいよいよ離陸させ、操縦しているときの脳の働きを意味する。<br />
ジェット機が間違いなく離陸するか、無事に目的地まで着くのかどうかは、やってみなければわからないが、行動のベースとなる脳力のチェックが正しく行われていれば、安全性は限りなく一〇〇パーセントに近くなる。決断力と先見力は、そうした総合的な見地から、「イエス」「ノー」を決定するための、重要な役割を担っている脳力なのである。<br />
経営者に限らずビジネスパースンであるなら、ある新しい行動を決定する場合、それが危険度の高いものであれば、決断に迷い抜くものである。<br />
しかし、ギリギリの局面になれば、頼れるのは自分一人だけだ。いや、正確にいうなら、自分の脳力だけなのである。<br />
「もし、新しい方向性を正確に見極める先見力があれば、そしてそれを果敢に実行に移すことのできる決断力があれば……」<br />
そう、それがあれば、あなたはいたずらに迷うこともないだろう。そして、あなたはその脳力を何とか自分のものにしたいと願っているはずだ。それなら、その願望を実現するためには「速聴」を行うことがいちばんの方法である。</p>]]>

</content>
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<title><![CDATA[速聴&reg;で決断力・先見力を開発するポイント]]></title>
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<modified>2006-06-21T08:44:21Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:39:53Z</issued>
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<summary type="text/plain">塚本幸一氏は、裸一貫から女性下着メーカー「ワコール」を興し、世界でも一流の企業に...</summary>
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<email>ota_rumi@ssi.com</email>
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<dc:subject>Sec4-4</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ssiblog.com/book/">
<![CDATA[<p>塚本幸一氏は、裸一貫から女性下着メーカー「ワコール」を興し、世界でも一流の企業に育て上げた創業者である。<br />
1963年は、この塚本氏が最大の危機を迎えた年だった。なぜなら、この年、ワコールの労使対立が頂点に達したからである。ベースアップ、労務管理をめぐる交渉が難航し、労働組合創立以来の大規模なストライキが計画された。このストライキは何とか回避できたのだが、かといって、山積みされた問題が解決をみたわけではなく、かえって労使の不信感はつのるばかりだったという。</p>

<p><br />
迷いに迷った塚本氏は、社員を小グループに分け、2カ月にわたって彼らの考え方を聴いて回った。そして、社員の間にある、会社、すなわち社長である自分に対する根強い不信感を取り除かなければ、この対立は解消しないことをはっきりと認識したのである。<br />
塚本氏は、こうした社員たちの話をすべて頭の中に入れたうえで、ある決定を下した。その決断とは、まことに大胆なものであった。</p>

<p><br />
自分は、人間尊重、社員との信頼関係を第一義にして経営を行ってきた。だったら、彼らを100パーセント信じたらどうだ。社員を信じるなら、タイムレコーダもいらないではないか。遅刻、欠勤、早退、勤務時間中の外出などをチェックするための、すべての管理をいっさいやめてしまおう。組合の要求にも、決して条件はつけまい。社員を信じるのなら、徹底的に信じようじゃないか。<br />
塚本氏は、こう考え、そして、さっそく行動に移した。その行動とは、全社員を前に、こう宣言することだった。<br />
「これまでのことについては、まことに申し訳なかったと思っている。君たちが経営者に対して不信感を抱くのは、当然だった。ついては、これから組合が文書で正式に提出する要求には、無条件で100パーセント応えることを約束する」</p>

<p><br />
塚本氏のこの宣言を聞いて、びっくりしたのは組合の側だった。経営者から、「要求は100パーセントのむ」と言われては、うかつな要求はできない。組合の幹部は、要求を決めかねて、ある晩ひそかに塚本氏の自宅を訪ねた。<br />
「ああは言っても、どうせ社長は本気ではあるまいから、非公式に相談をもちかければ、のってくるに違いない」<br />
おそらく、その幹部は、こうした読みで “ボス交” を行おうとしたのだろう。しかし、塚本氏は本気だったのだ。<br />
「私は、やるといったらやるんだ。要求はいくらでもかまわないから、文書にしてさっさと持ってこい！」<br />
こう一喝して、組合の幹部を追い返してしまったのである。<br />
管理をいっさい撤廃し、要求を100パーセントのむということは、経営権を組合に渡すのに等しい。ここにいたって初めて、組合では、塚本氏が言った「社員を100パーセント信じる」という言葉を、真実のものとして受け取ったのだ。塚本氏は、みごとに最大の危機を脱したのである。</p>

<p><br />
塚本氏が、「自社の中から管理を一掃する」と考えたのは、氏の優れた決断力と先見力を示す好例だろう。なぜなら、管理は相手に対する不信感をシステム化したものだからである。その最たるものは管理社会である。<br />
コンピュータで、国民一人ひとりに番号をつけるというのは、つける側にとってはこれほど便利で能率の上がるものはないが、つけられる側はたまったものではない。<br />
社員をただ締めつけるだけでは、企業の成長など望むべくもない。「ワコール」を世界的企業の一員にするには、経営者と社員が相互信頼のうえに立ち、協力していかなければならない。<br />
塚本氏は、こう考えたから、タイムレコーダを廃止しようとしたのではないだろうか。<br />
そしてもう一点の、決断力については、改めていうまでもないだろう。<br />
「社員を信頼し、組合の要求は100パーセントのむ」<br />
企業をよりよい方向で成長させるためということで、これだけの決断ができる経営者は何人もいないはずだ。当然のことで、なかには管理を一掃したとたん、ズル休みが出るわ、遅刻は常習になるわで、メチャメチャになる会社もある。中堅企業以下ではそうなる可能性のほうが大きい。<br />
しかし塚本氏は、自社はそうならない、という先見力を持っていたのであろう。なぜならそういう先見力がなければ、これほど危険なことはないからである。<br />
もともと塚本氏は、人並み以上の先見力と決断力の持ち主だったのだろう。しかし、その脳力を、これまで紹介した形で飛躍させたカギは、社員の考えを寸分もらさず聞き取ろうとした、あの2カ月にあったのではないだろうか。</p>

<p><br />
社員の自分に対する不信感を耳にするたび、塚本氏の全脳は、解決の糸口を探して活動し続けたはずだ。しかも、塚本氏の行為は、全社員に及んだのである。その情報は、塚本氏の脳を間断なく刺激し、先見力と決断力を、それ以前より大きく向上させたに違いない。<br />
塚本氏に限らず、人生は、決断の連続といっても決して過言ではない。そして、こうした決断の水先案内人として行動に方向づけをするのが先見力なのである。<br />
塚本氏の場合、無意識にではあるが、先見力と決断力のパワーを高めるため、聴覚を活用していたことは、想像に難くない。</p>

<p><br />
もしあなたが、優れた先見力と決断力を身につけたいと願うのであれば、具体的な能力（スキル）開発用ソフトウェアを「速聴」するようお勧めする。なぜなら、それがあなたの先見力と決断力を発達向上させるための、最短距離を走ることに通じるからである。</p>

<p><br />
「速聴」であなたの決断力・先見力を開発するために見逃せないポイントはこれだ<br />
1・・・決断力・先見力は、行動の最終決定を総合的見地から下すための脳力である。<br />
2・・・危機は、決断力・先見力を向上させる絶好のチャンスだ。<br />
3・・・具体的なスキル開発用ソフトウェアを「速聴」すれば、決断力・先見力は自然にパワーアップする。</p>]]>

</content>
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<title><![CDATA[未開発の脳力に速聴&reg;が火をつけた]]></title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ssiblog.com/book/archives/sec5/000631.html" />
<modified>2006-06-21T08:25:39Z</modified>
<issued>2006-01-25T08:41:05Z</issued>
<id>tag:www.ssiblog.com,2006:/book//22.631</id>
<created>2006-01-25T08:41:05Z</created>
<summary type="text/plain">この章では、実際に「速聴」を行っているユーザー（仮名）の声を紹介したいと思う。私...</summary>
<author>
<name>ssimarke</name>

<email>ota_rumi@ssi.com</email>
</author>
<dc:subject>Sec5</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ssiblog.com/book/">
<![CDATA[<p>この章では、実際に「速聴」を行っているユーザー（仮名）の声を紹介したいと思う。私自身のケースも入れたいところだが、客観性がなくなるうえに、たぶん読者も半信半疑になるに違いない。したがって、ここには入れなかった。</p>

<p><br />
一読していただければわかると思うが、「速聴」の効用は実に幅の広いものである。たとえば、英語力を身につけるために「速聴」を始めたビジネスパースンが、その目的を短期間で達成するとともに、それまで自分では気づかなかった他の脳力を発見することになったというケースもある。これは、「速聴」によって、眠っていた潜在脳力に火がつけられたからにほかならない。<br />
もっとも、「自分でも気がつかなかった他の脳力を『速聴』で発見」したのは、この方に限ったことではない。ここで紹介している他のケースでもみられたことである。</p>

<p><br />
私は、本書の中で何度か、脳の「汎化作用」について述べてきた。<br />
「脳の特定部位を特異的に活性化させると、それに刺激を受けて他の部位も活性化し始め、やがては全脳が活性化する」<br />
これが、脳の汎化作用である。<br />
「速聴」は、その名のとおり、「速く聴く」ことによって大脳にある「ウェルニッケ中枢」をまず鋭くする。そうすると、「ウェルニッケ中枢」が発達し、次いで……という具合に、イモヅル式に全脳が活性化していくのである。しかし、間接的に、たとえば記憶力を活性化させることでも汎化作用は起きる。<br />
この汎化作用によって「発見」される潜在脳力は、実に種々さまざまである。しかし、ここで注目していただきたいことは、そのどれもが、あらかじめその人に備わっていた脳力だということである。それまで気がつかなかったのは、単に脳力が未開発のまま放置されていたにすぎない。</p>

<p><br />
当社で行っている「速聴」には、目的が二つある。<br />
まず第一は、「速く聴く」習慣をつけることによって、時間を合理的に活用することだ。二番目の目的は、先に触れた「未開発のまま放置されている脳力」をどんどん開拓し、向上させていくことである。本章で紹介したケースを読んでいただければ、私のこうした意図が、十二分に達成されていることがわかっていただけるだろう。</p>

<p><br />
現在、当社では「速聴」を行っていただいた方のデータを集積し、分析を加えている。こうした研究の成果は、本章に登場していただいた方をはじめ、「速聴」に参加していただいた多くの方と研究所の共有財産だと考えている。</p>]]>

</content>
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<title>自己実現への道</title>
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<modified>2006-06-21T08:23:43Z</modified>
<issued>2006-01-25T09:26:40Z</issued>
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<summary type="text/plain">「速聴」という素晴らしい脳力開発の技法がある、ということを一般に詳細に知らしめる...</summary>
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<name>ssimarke</name>

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<![CDATA[<p>「速聴」という素晴らしい脳力開発の技法がある、ということを一般に詳細に知らしめるにはどうしたらよいのか。私は速聴に関する本を書くことしかない、と思った。<br />
しかし、「速聴」はハウツウ式の本にはならない種類のものである。読んだだけで即実行できる経営者やビジネスマン向けのハウツウ書と思ってお読みになった方には、それでも、「新しい情報の提供」はなし得た、と自負している。<br />
それでも「『速聴』の仕方がわからない」とか、「半信半疑」と言われる読者も多い。前者は、本書の中の数行を読みもらしたのではないかと思う。<br />
私は「『速聴』は、ただ聴くだけでよい」と本書で述べた。それ以外に書きようがない。仕方も何もないのである。半信半疑は当然のことだと思う。<br />
したがって、多くの人はこの本を多分買わずに無視するだろう。どんなに素晴らしい方法でも、多くの人々が一種の偏見で、この新しい技法に目を向けようとしない。「また妙な本が出た」程度で終わってしまうのだ。</p>

<p><br />
人間は元来、保守的なのである。私としては、せめて本書をお読みいただき、「半信半疑だが読んだ」と伝えてくれる人々のほうがありがたい。<br />
私は嘘、偽りを述べておいて、何かあったらいつでも逃げ出せる準備をするつもりはない。だから、私の経歴を載せ、連絡先も載せている。自分が落ちこぼれ人間であったことについて、「そんなバカな」と言ってくださる読者もいるが、これは調べればすぐわかることだ。</p>

<p><br />
私は東京人だが、小学校は中野区の若宮小学校、中学校は中野第八中学校、高校は国学院大学附属高校（野球などで知られている同校久我山校のほうではない）である。多くは社会人になってから知識を身につけた。誰からも強制されずに、中学校の教科書や高校の教科書を読むほど、楽しいことはない。<br />
さて、そもそも即実行可能なハウツウ書というものが本来あり得ないことは、ハウツウ書をお読みになった方ならよくおわかりいただけると思う。<br />
「結婚式のスピーチの仕方」などというのはすぐ役立つが、たとえば「速読術」などの本は代表的な例で、中に速読用の練習図が入ってはいるが、それをもとに練習したところで「速読できた」といえるほどの脳力は身につかないことが多い。<br />
「速聴」の場合は、ソフトウェアを速聴機にセットして、あとは、「ただ聴くだけ」で集中力や記憶力などが身につくのである。</p>

<p><br />
「速聴」は、単に「速聴」するだけでも全脳の活性化に資するが、体系的なものを「速聴」していかないと、すぐに聴くものがなくなってしまう、というのが落ちである。<br />
そこで「速聴」対応の脳力開発／自己開発用のソフトウェアと組み合わせると、いっそう効果的であることが知られている。そのための体系的なプログラムとしてＳＬＢＳプログラムと呼ばれる「速聴」対応用の自己実現プログラムが完成されている。</p>

<p><br />
このＳＬＢＳプログラムは、「速聴」対応の各種脳力開発プログラムの総称である。<br />
ＳＬＢＳプログラムの基本的な目的は、本来のあるべきあなた自身を実現させること＝自己実現にある。しかも、この自己実現のスタート時には、意思の強さとか気力をふり絞るとかのエネルギーを必要としないのである。</p>

<p><br />
あなたの大脳があなたの行動に大なり小なり批判的な場合、あなたはそれを押し切ってギラギラと行動しなければならない。意思の弱い人などがそういう人を見ると、なんてすごい人なんだ、私にはとうてい真似できない、と感嘆するであろう。<br />
しかし、あなたの大脳にヤル気の回路が設定されている場合、手足を意思的に動かす必要もない。なぜなら、それは大脳の命令によるものだから、自然と手足は動くのである。<br />
このような場合、機能しているのはあなたの大脳なのであって、あなたの手足ではないわけである。したがって、不快な疲れやストレスもここでは無縁である。「千里の道も一里」にしか感じない状態というのはまさにこれなのである。</p>

<p><br />
ＳＬＢＳプログラムは、一生にわたって愛用してもらうために、ソフトウェアなどにさまざまな工夫がこらされている。そして、あらゆる目的（脳力開発、目標達成等々）にいつまでも対応できるようになっている。<br />
また心のマネジメントを可能にするため、ファームウェアとさまざまなソフトウェア・ツールが用意されている。</p>]]>

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<title>あとがき</title>
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<modified>2006-06-21T08:21:27Z</modified>
<issued>2006-01-25T09:28:09Z</issued>
<id>tag:www.ssiblog.com,2006:/book//22.638</id>
<created>2006-01-25T09:28:09Z</created>
<summary type="text/plain">本書の内容の大半は、ハウツウ書ではない。そもそもハウツウ書が（すべてではないが）...</summary>
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<name>ssimarke</name>

<email>ota_rumi@ssi.com</email>
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<dc:subject>Secx_epi2</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ssiblog.com/book/">
<![CDATA[<p>本書の内容の大半は、ハウツウ書ではない。そもそもハウツウ書が（すべてではないが）役立ったためしはない。多くの人々はトランキライザーの代わりにその種の本を読む。私の知人に、戦後出たほとんどすべてのハウツウ書を読んだという人がいるが、だからといって現在、どうということはない。失礼。</p>

<p><br />
本書は百科事典の中の1項目を独立させたもの、といっても差し支えない。しかし旧版出版後、読者の方々からの反響を分析したところ、情報以外に、生き方の「あり様」がわかった、という読者も多かった。たとえば目標設定の重要なことや、人生の短さなどに気づき、また自分にも無数の未開発な脳があることを知って、道が開けたように思った、などである。</p>

<p><br />
私が手づくりの速聴テープから、今日に至るまで「速聴」にこだわり続けたのは、その威力のすさまじさからだった。実際、さまざまな脳力が「速聴」で開花するのである。このこだわりは、ついにギネスブックに公式認定されるまでに至ったことは、すでに述べた。</p>

<p><br />
ところで本書では速読を引き合いに出したが、これは、よく受ける誤解を回避するためである。速読法は事実、素晴らしい。しかし非常に単調な努力が必要で、また効率が悪い。100人受講しても、マスターするまで出席、あるいはテキストを最後まで学び終える人々は2パーセントにも満たない。</p>

<p><br />
それに比べると「速聴」は、ただ聴くだけと実に簡単明瞭である。そして効果は絶大である。本書の旧版を出した当時は、それでも「努力」とまではいかないが、少なくとも一生懸命に聴く必要があった。<br />
しかし、ある1人の有能な技術者のおかげで、もう一生懸命も必要でなく、ただリラックスして、受動的注意集中しながら聴くだけでよくなった。とにかくいきなり3.5倍速から理解できる（年齢によってプラスマイナス0.3程度のブレがあるが）のである。</p>

<p><br />
ことに小学校から大学生に至るまでの年齢層には、おそらく、これ以上の優れた脳力開発技法はない、といってよい。大人になると青少年より最大25パーセント（平均22パーセント）ほど「速聴力」は落ちるが、それでも「速聴」を行っているうちに速読力も確実についてくる。</p>

<p><br />
大脳の「ウェルニッケ中枢」にある「追唱」機能に着目したのも、ヒラメキのなせるわざである。もっとも正確には言語処理領域として「ブローカ中枢」というエリアもある。ここでも「追唱」が行われている、という説もある。またその周辺領域も力を貸しているという事実もある。しかし本書では、煩雑さを避けるために「ウェルニッケ中枢」1本に絞った。</p>

<p><br />
「追唱』の速度と「頭のキレ」は正比例する。であるならば、「追唱」をする「ウェルニッケ中枢」に「速聴」という唯一の“刺激剤”を送り込んで、その領域を活性化し、また何度も「速聴」を繰り返して、「ウェルニッケ中枢」内の脳神経細胞間のネットワークを密にしてやればよいのだ。<br />
そのうえ、ある段階（人によってさまざまだが、確実に訪れる）に達すると、「追唱」しなくとも意味がとれるようになる。速読法は初めから「追唱」しないように訓練するが、人間の言語処理機能は生まれたときから「追唱」型なのである。それを大人になって変えてしまおうというのだから、大変な努力と根気が必要となる。</p>

<p><br />
とはいえ、やってみる価値はある。その結果、あなたも、もしかしたら1分間に1万語も読める速読適性を持った脳の持ち主であることがわかるかもしれない。このような天才的速読適性がなくとも、あるレベルまで多くの人は速読できるようにはなる。が、それよりも何の努力もいらない「速聴」で速読力まで得られるのなら、「速聴」のほうがベストであることはいうまでもない。</p>

<p><br />
なお、この「速聴」に関心のある方は、本書はさみ込みの葉書をお送りいただければ詳細な資料をお送りする。「得られる力」に比べれば、価格は微々たるものと断言できる。それに頭から「そんなうまい方法があるものか」と、信じようとしない人々も多数いる。また「速聴」でさまざまな国家試験に合格した人々の中には、「速聴」で合格したことを知られたくないという人々も多い。</p>

<p><br />
東京に、東京リーガルマインド（レック）という、司法試験などの講座やセミナーを開き、またそのＣＤ・テープを販売している企業がある。<br />
少し前の話だが、そのテープを四倍速の速聴テープレコーダ（試作機ではあったが）で聴いたＡさんは、2年目で司法試験に合格してしまった。私もレックから教材を取り寄せて聴いてみたが、講義を録音したものなので、音質が「速聴」向きではない。旧式の４ＧＸでは2.8倍速がよいところだろうか。最新型は3倍速でも聴き取れた。また講義ではなく、スタジオで録音したテープは3.5倍速で初めから聴けた。</p>

<p><br />
上と下からプレッシャーがかかる、ある大手企業の中間管理職は、「速聴」によりたった3カ月で次々とアイディアを出してそれが大当たり。1年後には、取締役（末席だというが）になってしまった。<br />
私事で恐縮だが、私は小学校から高校まで、下から2番目の成績だったことは恩師、友人たちのよく知るところである。そしてエスカレータで大学に入った。そして公務員、次にサラリーマン。いずれもペケ社員であったことも、それらの組織の知人や上司がいちばんよく知っている。</p>

<p><br />
その私がここまで来られたのも、目標必達プログラムである「ＳＳＰＳ—Ｖ２システム」や「ナポレオン・ヒル・プログラム」、部下を持つ人のための「ブライアン・トレーシー・プログラム」、「ジグ・ジグラー・プログラム」、そしてこのＳＬＢＳプログラムのおかげである。著者としては、世界中にこの技法が広まることを願っている。</p>

<p><br />
ところで、「本書はよいことずくめではないか」と言われる方もいる。私もマイナス面をさまざま考えたが、どうも出てこない。副作用はまったくないし、「速聴」したからといって、しゃべり方がおかしくなるなどということもない。難聴の人でも補聴器で聴き取りさえすれば問題はまったくない。<br />
マイナス面では次のようなことがあった。</p>

<p><br />
目の見えない人が、キリスト教団体から旧約・新約聖書全巻のカセットテープを借り受けて、驚くべき速さで全巻を聴き終えたという実例がある。目が見えない、というハンディは耳が鋭敏になるという補償作用が働くので、「速聴」はとても適しているといえるだろう。で、そのどこがマイナスなのかといえば、初期のころの速聴機は自動停止しないので、勢いあまって最後のところでテープが切れてしまったのが3巻ほどあり、修理代を取られたという点にある。<br />
これ以上はどうもあまりよい例が浮かんでこない。ハードウェア本体は4倍速ゆえ、当然ノーマル・スピードより消耗は激しい。</p>

<p><br />
ついでにいえば、私自身は本書の旧版を出したときに、少し落ち込んだことがある。というのは、本に「私はバカだった。ペケだった」などと書いたことで、プライドが傷ついたことだ。<br />
私はマゾヒストではない（サディストでももちろんない）。「バカだった。ペケだった」というのは本当のことだから、そう書くべきなのは当然と思い書いたまでだが、もっと他の切り口はなかったものか、と後悔している。</p>

<p><br />
もっとも、これに関してある読者の方が、「著者はもともと潜在脳力があったからこそ、今の著者があるのだ」という論評で、なぐさめてくれたことである。ちょっと読んだだけでは正しい見解のように見えるが、これは正しくない。<br />
なぜなら、潜在脳力は誰でも平等に持っているからである。潜在脳力を持たない人間など誰1人としていない。そもそも、この「速聴」はその潜在脳力を開発するためのものである。誤解もまた、「速聴」の普及の妨げの1つになっているようだ。</p>]]>

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