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『間違うことを恐れない』

2005年11月03日  [コラム]

カウンセリングをしていると、よくこんなことがあります。
自分の判断が正しいのか、間違っているのかわからないから、どうしたらいいのか教えてください。という一種の悩み・迷い(?)をうけることがあります。

私はまだ透視できる能力は目覚めていないので(^^;)
このような状況に関しては、どうすれば解決できるのかを知っていましたから、いつものように「それで、どうしたらいいと思っているのですか?」と聞くことが多いのですね。

そうすると、大抵の場合「たぶん・・・・だと思う」と、聞けばちゃんと結論が用意されているケースがほとんどで、あとは励ますだけなのですが、たまに「どうしたらいいのかもわからない」と答える人もいます。

そんなときも、私が鏡のようになって、なぜわからないのか?を質問で追求すると少しずつ「あ、そうなんだ」と妙に腑に落ちる瞬間があるらしく、同じように解決の糸口が見つかっていくのです。

そこで、今日は心の声を反映できるような「意志(成し遂げようとする心)」
「勇気」についてお話します。


▼ためらう原因
何をすればいいのかわかっていても、相手の顔色をうかがってためらったり、どんな結果になるのかを恐れたりして、煮え切らない気持ちを意思表示することなく、しばしば私たちは、無難に人間関係を保とうと、意図的にすることがあります。

これは、幼い頃から、できたことよりも、できなかったこと、いわゆる欠点や過失などを責める教育が原因だとも言われ、度を超えると、子供に対する“しつけ”が親のエゴとなって、怒りをぶつけるだけのしつけになっていることもしばしばあるようです。

そんな環境で育った子供は、大人になっても自分の意見に自信が持てません。なぜなら、あまり褒められた経験がないことから、間違ってはいけないという観念で自尊心が育っていないからです

もちろん、それは社会的秩序やルールを守るうえで大切な生存本能なのですが、しかし、時としてその「ためらい」は、自ら進んでやろうとする「意志」=「成し遂げようとする心」を閉ざしてしまいます。

そんな、間違った結果になるかもしれないという「恐れ」の中に映し出される心のスクリーンには、誰かに反対されるかもしれない、知ったかぶりをしていると思われる、バカにされる、自己弁護したくない・・・という「リスク」として大きな抵抗に変わるのです。

誰にもありますよね・・・どうしたらいいのか、相手に結果をゆだねてしまう癖。
実は私にもありました。血液型がA型だからというわけではないのですが、正直に認めます(笑)

実はこの優柔不断に潜む「恐れ」は、みずから進んでやろうとする意志力や勇気を失わせるばかりでなく、いつしか、いつまでたっても自分が望んだ結果にならないという「状況の奴隷」に染まってしまう恐ろしいクセでもあるのです。


▼成功するためには失敗がつきもの

おなじみのこのフレーズ。失敗は成功の母と言われるように、成功された人の体験などで共通して出てくるのが「失敗は経験だった」という教訓です

振り返ってみれば、あの失敗があったから・・・
あそこで、あきらめなかったから・・・
今の成功できた自分がいると

そして、人のおかげがあっての功績であればなお人間関係でのトラブルは避けて通れない関門でもあったりします。

そんなとき、今までであれば、人間関係を無難に無難にと思って意見の衝突を避けた人が、自発的な「意志」によって、戦いを挑まれても、打ち負かされることなく、自発的に行動する勇気ある発言をした場合、その関係や状況は結果として悪くなるのでしょうか?

わたしたちは、人生で難局にぶつかったとき、たいていは何をし、
何を言えばいいか、わからないわけではありません。

多くの場合、それをどうやればいいのか、どう話せばいいのかがわからないだけなのです。

ナポレオン・ヒル博士が20年間にわたって研究した成功哲学の中には、
人との関わり方も具体的に学ぶことのできる「トラブル」「サクセス」に変える知恵の集大成でもあります。

そこには、自発的な意志が満たされる訓練でもあり、どんなタイミングで口を開くか沈黙しているか、そのとき最も適切な行動をとるにはどうすればいいのかが感覚でわかるようになります。

そんな感受性をも育ててくれる要素がちりばめられている内容には、いつしか互いが互いを尊重して語り合う勇気に変わるのを覚えるはずです。


▼意志をもつこと

成し遂げる心は、その人の存在価値を高めます。

そして、自発的な意志をもつことは、必ずしも人々の賛同を得られるわけではありませんし、またすべてあなたの考える通りになるわけではなりませんが、その一方で、心と心が通い合う「協力」への関係へと導かれていきます。

それは、常に安全で一直線な一方通行しか選ばなかった人が、どんな人に出会うかわからないスクランブル交差点のようなルートを選ぶようなもの。

そして、ばったりと必要な情報をもっていた人に出会い、偶然という産物の必然な出会いに、驚きの中で喜びに満たされるような人生でもあるのです。

そんな私たちが知らないところで、必然なタイミングが用意されているとしたら・・・

自分の感覚隠すことなく正直に表現することは、真実を語る勇気だけでなく、相手にとっても「自分を映し出す鏡」となって意味のある関係になっていくかもしれません。

前進するということは、自分に正直に生きることでもあり、困難な状況や試練に直面しても、失敗しても、それを恐れでなくワクワクな気持ちで乗り越えていきたいと望むようになるでしょう。

もし、あなたのとなりで悩んで立ち止まっている人がいたら、声をかけてみるだけでもサプライズな関係に発展するかもしれませんよ (^^)

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