【卓越のレシピ】プラスアルファーの魔法

アンドリュー・カーネギーの『富の福音』を読みました。
Aカーネギーが実業家になるまえに、いかに実業家の卵として仕え
そして、何故、実業家になったのかが書かれており、
深い氣づきと感動をいただきました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<魔法のレシピ>
より質の高いサービスを
より大量に
より積極的に提供し続けよう
『プラスアルファーの魔法』より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆Aカーネギーが物心ついたころのカーネギー家は
貧乏のどん底にありました。
Aカーネギーはこのため、正規の学校教育を10歳までしか受けていません。
◆A.カーネギーが10歳の頃、父が母に元氣のない声で
「また注文をもらえなかった。もう仕事はない。」と言った
記憶を覚えています。
「貧乏はいやだ!!」
「大きくなったら、この家から必ず貧乏をなくすのだ。」
A.カーネギーは、子供心に決心しました。
◆貧しい両親のもとに長男として生まれたAカーネギーは
『幸運にも』幼いときから正直に働き、生活の糧を得るために
世の中で有用な仕事をしなければなりませんでした。
そのため子供のころから両親を助け、両親のように出来るだけ早く
家族の中で生活費を稼ぐようになることが義務となりました。
「何をしたいか?」ではなく「自分にできることは何か?」
ということがAカーネギーの、そもそもの出発点だったのです。
◆A.カーネギーは12歳で仕事をはじめて、18歳になるまでに
3回転職をしていますが、どの転職のときも、A.カーネギーが
最初に考えたのは、賃金のことではなく「勉強時間をとることでした。」
紡績工場では、厳しい労働時間の後に、日曜日の時間をつぶして
「簿記の勉強」を始めます。
その後、紡績工場の事務員に抜擢されますが、
そこで、さらに企業経営の数字と簿記の知識をもって当時の
花型産業であった繊維工業が、すでに時代遅れの産業に仲間入りを
始めていたことに気づいたのです。
◆A.カーネギーが2度目に転職した電信局では、A.カーネギーは
電報配達の身分に満足せずに、独学で電信の送受信の技術を覚えて、
すぐに電信技士に昇格しました。
当時の電信は、送信が始まると受信機で紙テープでモールス信号を
刻み込んでいました。
その紙テープの信号を解読して、アルファベットに転換して、電報として
配達されていたのです。
ここでもA.カーネギーは、まもなくモールス信号を耳で聞いて、
直接、そのまま内容が理解できる、アメリカでもわずか数人の技術者の
一人となりました。
◆この電信局で、終生の恩人といえるペンシルベニア鉄道のスコット局長と
出会うことになります。
ある日スコット氏はA.カーネギーにぺンシルベニア鉄道の自分の下で、
事務員兼、電信技士として働いてみないかと、声をかけてきました。
電信局の月額25ドルの給料は、当時、独立して家庭を営むのに充分な
金額だったこともあり
A.カーネギーは電信局の仕事や待遇に不満があるわけではありませんでしたが、
「何も不満が無いということは、そこで進歩が止まったしまうことになります。」
若いA.カーネギーにとって、これはとても恐ろしいことでした。
それに、電信より鉄道の方が将来性があるように思えていました。
◆スコット氏がペンシルベニア鉄道で、約束してくれた給料は月額35ドルでした。
18歳になって、ピッツバーグの市民としては、一人前以上の収入と地位を
得ることができたのです。
この後「鉄道の将来」についてのA.カーネギーの予想は完全に当たりました。
彼自身はペンシルベニア鉄道に入って6年目にピッツバーグ管区の責任者となり
ピッツバーグ市の名士で、最も若い一人となったのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<魔法のレシピ>
■ 脳力を高めるために学びつづけよう
■ 現状に建設的な不満をもち改善をつづけよう
■ 時代の流れを学び、時代に乗ろう
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyright (C) SSI Corporation AllRightsReserved.
















