コーチング プログラム ナイチンゲール・コナント

軌跡

ナイチンゲール・コナント社の歴史は、ユニークな2人の男性、アール・ナイチンゲール氏とロイド・コナント氏からすべてが始まりました。

アール・ナイチンゲール氏は1941年12月7日、日本海軍機動部隊がハワイの真珠湾を攻撃したとき、真珠湾上でゼロ戦により撃沈された戦艦アリゾナの監視塔の中にいました。戦艦アリゾナでは1000人もの人が亡くなり、生き残ったのはわずか100人。彼はその中の一人でした。そのため、戦後彼は、"不沈のアール・ナイチンゲール"とも呼ばれるようになりました。

1956年、仕事で著述とラジオでの講演をしていたアール・ナイチンゲール氏は研究の成果の要点をまとめて録音してみないか、という注文が込んできたとき、「人生が残りわずかだとしたら、人々に何を伝えておけばよいだろう。実り多い、成功に満ちた生活を送ってもらう手助けとして、人々に有益なことは何だろう」と考え、人の役に立つならと思い、研究の成果の要点をまとめ、録音することを快く引き受けました。

まずオープン・リールのテープ、次にレコード版として売り出し、タイトルを「ストレンジスト・シークレット(とっておきの秘密)」としたプログラムは、広告さえ出していなかったにもかかわらず、すぐに口コミで注文が殺到するようになりました。

そんなとき、その急場を救ったのが、当時シカゴで印刷と電話販売の会社を経営していた親友のロイド・コナント氏でした。
ロイド・コナント氏は、何の苦もなく、てきぱきと殺到する注文を片付けてくれました。さらに注文は全国各地から寄せられ、またたく間にアメリカ全土に広まったのです。
100万枚以上を売り上げたアール・ナイチンゲールのレコードは、音楽以外で史上初の「ゴールデン・ディスク大賞」を受賞しました。これをきっかけに自己開発向けのオーディオ・プログラム製作会社としては、今日、世界最大の2人の姓を合わせたナイチンゲール・コナント社の基礎ができたのでした。

1960年以来、業績が拡大するにつれて、多くの自己開発に関する研究機関より、ナイチンゲール・コナント社に続々と自社プログラムの販売依頼が持ち込まれるようになりましたが、すべてを採用することはできません。そのため採用審査はきびしいものとなり、いきおい、優秀なプログラムばかりがナイチンゲール・コナント社を通じて販売されるようになっていきました。
ナイチンゲール・コナント社は、販売代理店、通信業界、セミナー、コンサルティング等を通し、世界中のプログラムを紹介する多種多様の方法で、世界中の何百万人もの仕事や人生の手助けをしています。

世界最大規模を誇る自己開発会社、ナイチンゲール・コナント社は『常に人々を助け、人々ができるベストに導くこと。』を使命とし、2人の精神は今もなお会社のコアとなし、息づいているのです。

Nightingale-Conant・・・an example and an inspiration to the entire world!
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