世界の鉄鋼王アンドリュー・カーネギー。
まさに世界一の大富豪と呼ばれた人物ですが、「PMA」の由来は彼の発想がもとになったものです。晩年は慈善事業に力を注ぎ、多くの公共施設を自己資金の中から寄付をして、国際社会に大きく貢献しました。
しかしながら、彼が本当に残したかった遺産は、万人が成功を成し遂げる成功に関するノウハウでした。
自らを世界一の大富豪にした「成功の黄金律」を確固とした体系的なものにし、世界中のどの人々にも活用しうる よう「長期に渡る裏付けと研究」を任せるにふさわしい青年を探すため、多くの若者と面接を重ねました。そしてようやく出会った若き日のナポレオン・ヒルにその夢を託します。
カーネギーの志を受けて始められた事業は、想像を絶する規模で展開されました。20年の歳月と、500余名の著名な成功者たちの協力を得て、1928年、 ナポレオン・ヒルの「成功哲学」が完成しました。
その協力者には、ヘンリー・フォードをはじめ、トーマス・エジソン、ライト兄弟、グラハム・ベルなどのそうそうたる成功者が名を連ねています。
この間、ナポレオン・ヒル博士は、ウッドロー・ウィルソン大統領の広報担当補佐官、フランクリン・ルーズベルト大統領の顧問官を歴任しました。
アメリカで50年以上にわたり下院議員・上院議員を務め、ニューディール政策実現にかかわったジェニングス・ランドルフ氏が生前、ヒル博士のエピソードについて語ったところによると、ヒル博士とルーズベルト大統領がよく対話していたため、大統領の哲学がヒル哲学の影響を深く受けていた 、と言うほどです。「恐れる心、それ以外に恐れるものは何もない」という言葉は有名で、これはヒル博士の「PMA」が影響を与えた言葉であることはあまり知られていません。
長年の歳月とドラマティックな成功者の協力者の下に体系化されたものが普遍的な「成功哲学」-人間力・「PMA17の要素」なのです。